会員の皆さんへ

かつての仲間達に送りました。特に現役会員の方は内容を読んで自分で考え、疑問点はきちんと調べて頂きたいと思います。




1月も過ぎ去り、早くも2月となりましたが、如何お過ごしですか?
人の死を聞かぬ日はありません。無常を他人事として見るのではなく我が事としてとらえ、一日も片時も急いで信心決定して、今度の一大事の往生をよくよく遂げて頂きたいと思います。


本日は是非皆さんに質問したいことがあります。
皆さんがそこまで高森先生や親鸞会教義を正しいと信じる根拠は何ですか?

私が調べただけでも、「親鸞聖人の教え」と「親鸞会教義」とでかなり食い違いがあります。
あまりにもたくさんあり過ぎますので、今回は阿弥陀仏が十方衆生と誓われた18願・19願・20願の生因三願に関係あるものと親鸞会独自教義の中でも問題が大きいものを指摘します。


★18願関係

○親鸞会では、二種深信を「二つのことがハッキリする」と教えるが、これは間違いである。
 二種深信とは、真実信心を機と法の2つの面から説かれたものであり、機の深信と法の深信は同時に並び起こる別個の心相ではない。

○親鸞会では、機の深信を「堕つるに間違いなしとハッキリする」とか「金輪際、地獄ゆきと、疑い晴れる」などと説明するが、これは間違いである。
 機の深信とは、自分の力では絶対に迷界から出離できないと信知したことをいう。

○つまり、親鸞会では、機の深信と罪悪観を混同している。

○親鸞会では、二河白道の譬えを「信心獲得するまでの求道の道程を示すため」と説明するが、これは間違いである。
 二種深信(深心)を中心とする三心を譬えで顕されたのが二河白道の譬えである。

○親鸞会では、二種深信の機の深信と法の深信を凡夫には矛盾としか思えないというような説明がなされるが、これは間違いである。
 機の深信と法の深信はどこも矛盾していない。

○親鸞会では、「たとい大千世界に~」の御和讃の「仏の御名をきくひとは」を「仏教」をきくひとはと説明することが多いが、これは間違いである。同様な間違いを「聞其名号」の説明などでしていることもある。
 親鸞聖人のお勧めは、南無阿弥陀仏のいわれを聞け、18願を聞け、仏願の生起本末を聞けである。ここを、仏教と説明するのは間違いである。阿弥陀仏の本願(南無阿弥陀仏)を仰せの通り聞いていることのほかに、本願の信心はない。

○親鸞会は「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」という解釈に固執している。
 親鸞聖人は「若不生者」を「信楽をえた人を極楽に生まれさせる」と解釈している。

○「平生業成」ということを一応は説いているが、実態は「平生業成」と合わない説き方が多々なされている。
皆さんは、今日が自分が救われる日、今この瞬間が自分か救われる時だと思っていますか?そのような理解が少しもないならば、「平生業成」の教えが説かれていない証拠である。

○親鸞聖人は「本願力の回向」ということを非常に強調して教えられている。しかし、親鸞会ではこの点についてほとんど説かれていない。
 その一方で、親鸞会は、親鸞聖人が強調されなかった三願転入を非常に強調して、三願転入の御文も聖人の真意を曲げて教えている。


★三願転入関係

○「善をしなければ信仰は進みませんよ」という意味の事を親鸞聖人はどこにも教えられていない。

○親鸞聖人の教えに「宿善を厚くせよ」「宿善を求めよ」という説示はない。

○教学聖典5号(27)の『唯信鈔』のお言葉を、あたかも「宿善の厚薄を問題にしている」お言葉のように思わせているが、前後を拝読すれば「宿善の厚薄を問題にするのは間違いである」ことを教えられたものであることが分かる。

○教学聖典5号(28)に「宿善が厚くなる順から3つあげよ」という設問があるが、親鸞聖人はそのようなことはどこにも教えられていない。親鸞会独自の珍しき法である。

○アニメや説法で韋提希が定善を実行しようとしているように説くが、これは間違いである。
『観無量寿経』では、韋提希は定善を実行していないし、実行しようともしていない。

○教学聖典2号(6)では、仏教で方便とは「我々を真実に近づけ、真実を体得させるに絶対必要なものを言う」とあって、親鸞会では18願の救いを求める人に要門、真門といった19願、20願の方便の教えが要るかのように教えられる。これは間違いである。

 浄土真宗で用いられる方便には、権仮方便と善巧方便の二つがある。

 善巧方便とは、如来が真実の大悲をおこして衆生に近づき、巧みな方法を講じて救済していくことを言う。「阿弥陀仏の方便方身」の方便がそれに当たる。善巧方便そのものは「真実」である。
 
 権仮方便とは直ちに真実を理解できない人のために、衆生の意に従って仮に説き与えられた教えをいう。この権仮方便は「暫用還廃の法」とも言われる。一度真実に入ったならば不要となり廃されるため、「暫(しばら)く用(もち)いて還(かえ)りて廃(はい)す」と言われる。
つまり、外道の人を仏教に導く為に権仮方便である聖道門が説かれ、聖道門の人を浄土門へ導く為に定散二善の法門(要門)が説かれた。そして、要門(19願)・真門(20願)は、弘願(18願)に導くために説かれた。
例えていうと、聖道門の人には要門を説いて浄土門に導く。しかし、要門を求めるようになった人には、聖道門はもはや不要なので廃される。同じように、弘願を求めている人には、聖道門や要門・真門は勧められていない。

親鸞会は、18願の救いを求める人には、「不要な」要門の教えを説いて、只今の阿弥陀仏の救いを妨げている。また、「権仮方便と善巧方便」の違いが分からないので、いろいろな御文の解釈がメチャクチャである。

○親鸞会では『教行信証化土巻』に説かれていることを信前の人が実行しなければならないことのように説いているが、これは間違いである。
 『化土巻』を書かれたのは、19願・20願が廃捨すべきものであることを明らかにするためである。


★親鸞会独自の教義

○親鸞会では「一切衆生必堕無間」と釈尊は説かれていますというが、実は経典に根拠がない。

○親鸞会講師部聖則
 一、親鸞会講師部は、会長先生の御指示に無条件で従い、信心獲得を本と致します。
 一、親鸞会講師部は、上司の指示は会長先生の命と心得ます。
は会長に無条件服従を強いるカルトの教え。親鸞会はトップダウンの組織だから、これは講師部に限らず一般会員にも関係がある問題である。
 しかし、このような説示は仏教にはない。親鸞聖人は教行信証化土巻に、「今日より法に依りて人に依らざるべし」の御文を引用されている。

○「仏教では、どんな良いことでも師匠の許しを得ずに行動すると悪いことになる」
という根拠が不明。ちなみに、世自在王仏に法蔵菩薩が衆生救済の許可を求めて何度も食い下がるということは、『大無量寿経』のどこにも根拠がない。




今回は大事なことに絞って書いたので、間違いのほんの一部を指摘するにとどめておきます。

みなさんは、親鸞会で教えられていることは親鸞聖人の教えそのものだと思い込んでいるのでしょう。また、仮に間違いがあったとしてもほんの少し違うのかもしれない位に思っているのではないでしょうか?
しかし、「親鸞聖人の教え」と「親鸞会教義」は、同じような言葉を使って説いてはいますが、似て非なるものです。

嘘だと思うなら、ご自身で『真宗聖典』を拝読するなり、真宗学の勉強をするなりして、調べてみて下さい。次々と誤りがみつかることと思います。

そういえば、『歎異抄をひらく』の反論書が出ないといって、皆さん自慢に思っているか知れませんが、永久に反論書なんて出ないでしょう。本願寺や世の識者から相手にされていないというのが実情ではないかと思います。『なぜ生きる』も『歎異抄をひらく』も上で書いたように、二種深信を誤解しているようですからね。
また、反論しなければならないのは、親鸞会ですよ。約30年前から会員に隠し通しの『現代の教学問題 派外からの論議について』や『派外からの異説について』を全文公開して、まともに反論したらどうですか?『本願寺なぜ答えぬ』は、あまりに稚拙な内容で相手にされていないだけです。

「高森先生しかおられない」みたいに思っている人もいるかもしれませんが、他の人と比較したことありますか?自分で調べもせず、根拠もなく、大本営発表を鵜呑みにしているだけなら、単なる盲信です。皆さん一人一人の問題ですから、よく考えてみて下さい。



阿弥陀仏の本願は、只今私を救うという本願です。「あなたが」「いま」「この場で」救われるのです。信仰が進むとか進まないなどは、どうでもよい戯論であり、観念の遊戯です。直ちに本願に向かい、只今の救いに遇って頂きたいと思います。
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No title

簡潔にまとめられており、たいへんためになりました。ありがとうございます。

> 皆友さん

この記事は本当に大きな問題に的を絞っただけです。それでもこれだけ長くなりました。これに細かい所も合わせるとキリがありません。

ただ間違っている所は正しい意味に覚え直せばいいので、親鸞聖人の教えに出遇えたことはかけがえないご縁ですね。


皆友さんのブログは法の讃嘆が本当に素晴らしいと思います。
私も真仮廃立が一段落したら、法徳を中心にブログを書きたいです。

ビックリしました!!

はじめて見まして、ビックリして開いた口もふさがらない、という感じです。
あまりの親鸞学徒らしからぬ発言に。
http://blog.goo.ne.jp/nazeikirunoka/e/f17e5feac3bddae8137caffed0c36150

はじめまして。
亜樹さんのように、会員のみなさまにも正しく理解していただきたいものです。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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