親鸞聖人の教え

親鸞聖人は、私を助ける本願ましますことと、その本願が成就して「南無(我をたのめ)阿弥陀仏(必ず助ける)」の名号となり私に至り届いているということ、その本願を計らいなく聞き受けて浄土往生の本懐を遂げなさいということを教えていかれました。

「死んだら無間地獄だ」
「後生の一大事助かりたかったら俺の教えを聞き、俺の指示に無条件服従せよ」


こんなことは教えられておりません。お聖教の中には、

「お前を助けるぞ」の阿弥陀仏の大慈悲

ばかりが教えられています。今まで機責めのような内容ばかりで法の抜けた話を聞いてこられた方は、いたずらに機を責めずに、「そなたを必ず助ける本願」という法を聞いて頂きたいと思います。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

センター試験より簡単?

いつもお世話になっております。そのまま助ける本願を聞くといわれますが、申し訳ありませんいつも最後には自分の方に問題をもってきてどうすれば、となります。

>絶倫棒様

本願力に全託し、自分の力は要らないのですから、なんとも有難いことです。それを自力で捉えようとしていては絶対不可能ですから難中之難になります。早く本願を信じ念仏を申して下さい。
センター試験は、点数の悪い人は大学によっては足切りされてしまいます。しかし、本願の救いはテストの点は0点だろうが100点だろうが、誰一人足切りされることなく、全ての衆生を救うというものです。ただ全ての衆生といっても、私一人がためです。絶倫棒様1人と思って下さい。
絶倫棒様1人を助けるために阿弥陀仏は五劫思惟、兆載永劫のご修行を経て南無阿弥陀仏を成就し、十劫以来お立ちづくめで働き続けておられます。誰が見捨ててもこの弥陀は見捨てはせぬ、どうか私の名(南無阿弥陀仏)を称えておくれと喚んでおられます。この大悲の親心を聞かせていただくのが聴聞であり、同時に信であります。

>とき様

自力の計らいある間は、「そのまま助ける本願を聞く」のが、「本願をどう聞いたら助かるか」「どう信じたら助かるか」と思ってしまいます。そこでこの自力心が廃る方法論を求めてしまうのですが、「こうすれば廃る」という方法論はありません。
この計らいは決して自分で捨てようと思って捨てられるものではありません。本願を聞くところに自力の計らいが捨たるのです。本願力によってのみ自力の計らいがとれるわけです。どう聞いたらどう信じたらの自力の押し任せではいつまでも阿弥陀仏の「必ず助ける」の仰せを撥ねつけ続けますので、そういう心が出てきたら一旦横に置いて、必ず助ける本願を聞いて下さい。

「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。(一念多念証文)

とあるように、本願を聞いて疑いないのが本願をきくということであり、本願をきくのが信なのです。必ず救われますから、どうか本願を聞いて只今救われて下さい。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード