会員の皆さんは、五逆のもの、謗法のものではありません(1)-五逆罪について

親鸞会では「全ての人は五逆、誹謗正法の罪を造っているから後生は必堕無間だ」と主張します。そして、真面目な会員さんはこれを真受けにして恐怖し、「後生の一大事の解決」のために親鸞会で推進される活動に頑張るようになります。また、活動についていけなくなった人でも「救われるには高森先生から教えを聞いて信心決定するしかない」とマインドコントロールされているため、退会を躊躇して幽霊会員として留まり続ける人も多いと思います。私も活動についていけずに幽霊会員だった時、「親鸞会から離れても後生は必堕無間だからなぁ」と退会を躊躇し、結局マイペースで再活動することにしました。


「後生は必堕無間だから」
「人間の実相が真実だと思うから」
「私は五逆、謗法の者だから」


という理由で留まる会員さんの多くは、自己の罪悪をよく見つめている真面目な方が多いです。逆に三業で造る罪の意識があまりない方は、必堕無間と迫られてもへっちゃらで、すんなりと離れられるでしょう。
さて、必堕無間の恐怖に縛られている会員さん、皆さんは本当に五逆、謗法の罪を犯しているのでしょうか? 親鸞聖人は、五逆の者、謗法の者を親鸞会で定義されている通りに教えられているのでしょうか? 本日は、五逆罪について検証してみたいと思います。

まず、親鸞会では五逆の者とはどう定義されているかというと、

・体で親を殺す(父殺し、母殺し)
・羅漢殺し(今日は高いさとりを開いた人がいないため、なし)
・親鸞会の和を乱す(和合僧を破る)
・目先のことに心を奪われたり、聴聞していても居眠り半分だったり他事考えたりで「後生の一大事の解決」に向かわず、阿弥陀仏の目から血の涙を流させる(仏身より血を出す)
・口で親をののしる(「死んでしまえ」というのは勿論、「うるさい」「邪魔だ」「あっちへ行け」などとののしる)
・一つ屋根の下で暮らしておりながら、ろくに口もきかず、呼ばれても聞こえないふりして親を邪魔者扱いする
・寝たきりにでもなり親の介護が必要になった時、世話を嫌って「いい加減に・・・」と思う
・心で親を殺したり、邪魔者に思う
・「なんで生まれてきたんだろう」「生まれなければこんなに苦しまなくてもよかったのに」と思う


などで、どれか一つでも犯せば五逆の罪になると教えられます。10分間説法や、親鸞会で聞いてきた事を参考にまとめました。これらの根拠としているお言葉が、

1、五逆といふは(往生十因)、「もし淄州によるに五逆に二つあり。一つには三乗の五逆なり。いはく、一つにはことさらに思うて父を殺す、二つにはことさらに思うて母を殺す、三つにはことさらに思うて羅漢を殺す、四つには倒見して和合僧を破す、五つには悪心をもつて仏身より血を出す。恩田に背き福田に違するをもつてのゆゑに、これを名づけて逆とす。この逆を執ずるものは、身壊れ命終へて、必定して無間地獄に堕して、一大劫のうちに無間の苦を受けん、無間業と名づくと。(信文類)
2、おやをそしるものをば五逆のものと申すなり。(末灯鈔)
3、心常念悪 口常言悪 身常行悪 曽無一善(大無量寿経)
4、一人一日のうちに八億四千の憶いあり、念々になすところこれみな三途の業なり。(親鸞会では善導大師のお言葉としていますが、『浄土菩薩経』のお言葉とのことです。『21世紀の浄土真宗を考える会』歎異抄第2章を読む その2の補足と寄り道参照)
5、もとより罪体の凡夫、大小を論ぜず、三業みな罪にあらずといふことなし。(口伝鈔)
6、殺るよりも 劣らぬものは 思う罪(?)


などです。だから全人類に五逆罪を犯していない者は一人もいない、必堕無間だと主張していますが、かなりの断章主義とこじつけが見られます。以下、簡単に親鸞会の定義と聖教上の定義が違っていることを書きます。

まず1については、「ことさらに思うて」ですから「故意に」ということです。故意に親を殺すことを五逆罪というのであり、心で親を殺したり邪魔者扱いしたりすることを五逆罪とは教えられていません。
2については、このお言葉のすぐ後に「同座せざれと候ふなり」と言われ、善証房という親をののしり親鸞聖人を謗っていた者を具体的に出されて、「このような五逆のものに近づいてはならない」と教えられています。全人類が五逆のものなら誰とも同座してはならないということになります。「同座せざれと候ふなり」と教えられるということは、五逆罪を犯していない人がいる前提の上でのことです。
3については、「人間の身口意の三業の実相を説かれた」お言葉だとしていますが、これは断章主義です。3のお言葉は『大無量寿経』下巻の「五悪段」の中、第五の悪人について説かれているのであって、全人類がそうであるという根拠ではありません。勿論「全人類が五逆の者である」と教えられた根拠にはなり得ません。
4についても、「三途の業なり」ですから、三悪道ということです。「全人類が五逆の者である」「後生は必堕無間だ」と教えられた根拠にはなりません。
5については、「だから心で親を殺したり邪魔者扱いすることも五逆罪だ」と理解する人が多いのですが、そうではありません。これも前後の文章を弁えず断章主義しているから意味が分からなくなってしまうのです。詳しくは会員との問答(五逆罪、謗法罪について)を読んで頂きたいのですが、このお言葉は、「私達はもともと罪そのものを本性としている者なので、大小の差別なく三業でなすことは罪でないものはない」ということを教えられています。しかし、だからと言って心で親を殺すのが五逆罪だとこじつけるのはおかしいのです。
6については、親鸞会では重要な根拠の一つですが、いつも「仏教では『殺るよりも 劣らぬものは 思う罪』と言われ・・・」とは言っても誰の言葉なのか明言しません。明言できるのは、親鸞聖人がこのようなことを仰って「心で親を殺すことも五逆罪である、だからお前達は全て五逆のものだ、後生は必堕無間だ」とは教えられていないということです。

全人類が五逆のものであるなど、親鸞会のオリジナル教義です。詳しくは、
自称獲信者との論争1
会員との問答(五逆罪、謗法罪について)
等をご覧下さい。会員の皆さんは、五逆のものではありません。罪におそれる皆さんに必要なのは、「地獄一定の自己」とやらを知ることではありません。只今救う本願に只今救われることです。必堕無間の呪いに苦しむ人が一人でも呪いから解放され、本願の救いに遇って下さることを願っています。
会員を必堕無間の恐怖で会に縛り付け、組織拡大にさんざん利用して、組織にとって邪魔になったり要らなくなったりしたらポイするような団体は、断じて許されるものではありません。こういうカルト創作教義を2000畳に籠もって秘事の如く説く親鸞会こそ、蓮如上人から、

さらに仏法にてはなし、あさましき外道の法なり。これを信ずるものはながく無間地獄に沈むべき業にて、いたづらごとなり。

と言われても仕方のない団体なのです。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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