【考察】縦の線・横の線と人の図

高森会長の話を聞いたことのある人ならば、黒板に書かれた「縦の線と横の線と人の図」をご存知だと思います。

   |
な 人|一
ぜ 生|念
生 の|_______人
き 目|
る 的|
   |
   |

(上図で右端にある人の図はうまく書けないので「人」という字で表しました。)

そして会長が、

指示棒で横の線をなぞり、「この道を通って」
指示棒で縦の線の左を指して「この世界に出させて頂く」

とか、

指示棒で縦の線を指して「ここが決勝点、卒業、完成ですよ」

と話するのは、親鸞会と縁があった人なら皆さん聞いていると思います。

しかし、この図にはいくつかの大問題がありますので、以下にそれを示していきます。



★問題点1★「横の道を通って、縦の線を突破し、信後の世界に出る」と思い込ませる効果がある。

この図のイメージが刷り込まれているため、親鸞会会員は、

「横の道にあたる19願・20願を通らなければ、絶対に18願の世界に出ることはできない」

「そして19願から出発しなければならない」

という親鸞会ドグマが頭にこびりついてしまい、離れなくなるのです。

さらに、「19願から出発しなければならない」と思い込ませるのに拍車をかけるのが、

指示棒で黒板右の外の方を指して「黒板外」、「信仰の幼稚園」、「あっちの黒板(図を左の黒板に書くので右の黒板のこと)」

や、

「この軌道にのせるまでが大変」

などの表現です。



★問題点2★「平生業成」に反する。

この図を使って繰り返し話がなされることで、「平生業成」とは聞きながら、

(1)横の線の軌道に乗らなければ、
(2)横の線の道を進まなければ、
(3)縦の線を突破できない。

という「平生業成」に反する親鸞会ドグマが、頭の中に確固たるものとして形成されていくのです。



★問題点3★救いが未来のこととしか思えない。

このドグマが形成されると、「救いは一念だがそれまでは時間がかかる」と思ったり、「信仰が進むこと」や「宿善が厚くなること」に関心をもつようになります。こうなってしまったら、もはや救いは未来のこととしか思えません。



★問題点4★信仰を進める、宿善を厚くすることに思いがいく。

その上で、「宿善が厚くなる」ものがらが教えられ、聴聞をしたら、お勤めをしたら、六度万行を実践したら、縦の線まで近づく(=信仰が進む=宿善が厚くなる)ように思い込まされてしまうのです。

その結果、熱心な人ほど、「法施」という名の親鸞会の法話への参詣者獲得及び入会者獲得、「財施」という名の親鸞会への献金という活動に邁進するようになります。



しかし、それらの活動にどれだけ励もうとも、横の道は進めないのです。覚如上人は次のように教えられています。

「一。自力の修善は蓄へ難く、他力の仏智は護念の益をもって蓄へらるる事。
 たとひ万行諸善の法財を修し蓄ふといふとも、進道の資糧となるべからず、故は六賊知聞して侵奪するが故に、念仏においては、既に「行者の善にあらず、行者の行にあらず」とら釈せらるれば、凡夫自力の善にあらず、全く弥陀の仏智なるが故に、諸仏護念の益によりて、六賊これを侵すに能はざるが故に、出離の資糧となり、報土の正因となるなり、しるべし。」(口伝鈔)


「たとひ万行諸善の法財を修し蓄ふといふとも、進道の資糧となるべからず」ですから、親鸞会で推進される活動にどれだけ一生懸命に努めていても、一歩も横の道は進めないのです。

この点については、『親鸞会教義の誤り』宿善とは2も合わせて読んで頂くと理解が深まると思います。また「聴聞が宿善になる」と誤解している人は『親鸞会教義の誤り』宿善とは6をご覧ください。



★今回の結論です★

◎上の図には、「三願転入と独自の宿善論を組み合わせた」親鸞会ドグマを会員の頭の中に固定化する効果があります。

◎上の図が頭にある限り、救いは未来のこととしか思えず、「只今私を救う」という阿弥陀仏の本願(18願)に向かなくなってしまいます。

◎指示棒で縦の線を指して「ここまで進め」「ここが決勝点だ」と言われても、横の道を進むことのできない活動をさせられているのですから、決勝点にたどりつくことはありません。



あの図が頭にある人は一刻も早く消去して、只今私を救う阿弥陀仏の本願に向かって下さい。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

>たとひ万行諸善の法財を修し蓄ふといふとも、進道の資糧となるべからず

ドンピシャの根拠ですね。素晴らしい。
でもたぶんこれでも、ここまでドンピシャでも、納得しない人もいるんでしょうね。
「善が間に合うとは言ってない」とか言って。。
MCは強力ですね。

>YGMさん

「善が間に合うとは言ってない」「○○とは言ってない」…親鸞会の常套文句の一つです。
実際これを送ってもなおドグマから抜け出せない友人いますから、MCは恐ろしいです。何より本人がMCされていると自覚していない所が厄介ですね。

横の道

そもそも、「横の道」はあるのでしょうか。阿弥陀仏の救いはただいまの救いなのでしたら、救われているか救われていないかのどちらかで、救いまでの距離が長かったり短かったり、ということはないと思います。

「横の道」というものが浄土真宗の教えにないとすると、「進道の資糧となるべからず」の「進道」を親鸞会の言う「横の道」だと解釈するのはおかしいことになります。

このお言葉を短くまとめると、「自力の諸善は進道の資糧とならないが、他力の念仏は出離の資糧となる」となります。このことからすると、「進道の資糧」というのは、「出離の資糧」と同じような意味で言われていると思います。よって「進道」というのは、六道出離や往生浄土のことを言われているのではないでしょうか。

間違っている点はご指摘ください。

追記
提示されているお言葉は、改邪鈔ではなく、口伝鈔ではないでしょうか。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E5%8F%A3%E4%BC%9D%E9%88%94#P--880

>ぺんぺん草様

申し訳ありません、ご指摘の通り「口伝鈔」でした。訂正致します。

浄土真宗では、横の道はないので、ペンペン草さんのいうのが正しいと思います。
「あえて親鸞会に当てはめると」という意味で書いたのですが、後程補足を致します。

No title

初コメです☆
昨年末退会しました

親鸞会教義の最大の問題点がまさに
縦の線と横の線であると思います

理由は記事に書かれた通りです

これを最初に教え込まれるために
会員は親鸞会の間違いに
気付きにくくなっているのだと思います

会長が本当に獲信しているのなら
なぜこのような教え方をされたのか甚だ疑問です

1000000歩ゆずっても、それは阿弥陀仏のお仕事でしょう

尊い親鸞聖人の教えを標榜しながら
とんでもない罪つくりをしてしまっています

>グラッツェ様

コメント有難うございます(^-^)
私も昨年10月に退会しましたからほぼ同時期ですね。


仰る通りだと思います。
学生にせよ社会人にせよ、必ず縦横の線と人の図を書いての話をされますし、先輩になれば自ら書いて話をしますから、あの図は親鸞会の人にとって1つの固定概念なのだと感じます。


会長は阿弥陀仏の救い以外の所へ会員を誘導しているとしか思えません。
全て阿弥陀仏の御手回しであり、それに対して知識の仕事は「一心一向に弥陀に帰命せよ」と人に勧めること一つでしょう。
それを「獲信の因縁として善を修せよ」「善をしなければ信仰は進みませんよ」と説き、知識の仕事から外れたことをやっている人は悪知識です。まだ離れられない人もいる中、お互い離れることができてよかったですね。

ただ親鸞聖人の教えに遇えたことはかけがえのないご縁と感謝し、本願のこころをお聞き致しましょう。

No title

「縦と横でなくて、螺旋スパイラルの方が、例えとしては、近いんじゃないかな」と
学生の時、先輩が言っていました。
 それ以来、私のイメージは、螺旋の描いていました。
 でも螺旋なので、出口がなかなか、みつからず、抜けるまで長いことかかりました。
 イメージって怖いと思いました。

>-様

コメント有難うございます☆

すみません、螺旋の図が今イチどんなイメージなのかわからないのですが(;^_^A 何にせよ間違ったものを視覚的に刷り込んでイメージ化させるのは怖いですね。抜け出せてホントによかったと思います。

横の線は不要です

はじめまして。
いつも教えて頂きありがとうございます。
まことにまことに横の線は不要と私も思います。只今救われるかどうかです。
縦の線の決勝点に向かって長い長い横の線を書くから自力いっぱいのこころが出てくるんだと思います。

私はS会歴1年未満のまだ現会員ですが、昨年の11月頃から年始にかけて、いろんなホームページで勉強させていただき、親鸞聖人のほんとうの教えに会うことができました。
 好きでよく拝読させていただく阿弥陀経にも「少善根福徳の因縁を以っては彼の国に生まるることを得べからず」とはっきり書いてあります。
 自力の心がすたり本願信じるひとつにならない限り、「汝一心正念にして直ちに来たれ。我能く汝を護らん」という慈悲いっぱいの呼び声は聞けないと思います。

参考までに「縦の線と横の線」については「春夏秋冬」というブログでorimaさんが1月25日にとてもほのぼのと書かれておられます。

追伸:淳心房様。前回すこし凹んだとのこと、真剣に読まれている方はたくさんいらっしゃると思います。ひき続き同行にお教え下さいませ。



>syakukeikou様

Re:横の線は不要です

コメント有難うございます(^^)v
よく勉強されています。
現役の方には時々耳に痛い事も申しますが、心を鬼にして廃立させて頂きます。

親鸞会内にいようといまいと、阿弥陀仏の救いに差別はありませんから、どうか本願を信じ念仏する身に救われて下さい。
その時は私の事を覚えていたらぜひご報告を(^-^) 共に念仏称えさせて頂きたいと思います。

ちなみに『自力の心がすたり本願信じるひとつにならない限り、「汝一心正念にして直ちに来たれ。我能く汝を護らん」という慈悲いっぱいの呼び声は聞けないと思います。』ということですが、阿弥陀仏の慈悲いっぱいの呼び声に対して疑いをまじえないのが本願を信じたということです。先手の法を聞いて下さい。


追伸:応援して頂き励みになります。これからも更新して行きますので、よろしくお願いします。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード