19願の善をしてくと20願へ入り、20願の念仏を称えていくと18願へ転入するのではありません

親鸞会流三願転入の教えは、

「この十八願に誓われた絶対の幸福、無碍の一道に出るには、十九、二十願の道程を通らなければならないことを発見し、教導なされたのが親鸞聖人です」(『こんなことが知りたい4』p.110)
「十九・二十の方便二願は、真実、十八願に転入する、十方衆生の道程」(『本願寺なぜ答えぬ』p.155)


などと言われていること、また、これが親鸞会会員の三願転入の理解ですのCiel氏の文章からも分かるように、

「19願の善をしていくと(できない自分が知らされて)20願へ入り、20願の念仏を称えていくと(念仏も称えられない自分が知らされて)18願へ転入する」

ということです。高森会長の話と、オリジナルの縦と横の線の図から、

18願←20願←19願

というように、会員の皆さんは一直線上に考えていると思います。これは誤りです。

なぜなら、19願の自力諸善の結果は20願へと進むことではなく、方便化土往生だからです。
20願の自力念仏の結果は18願へ転入することではなく、難思往生(方便化土往生)だからです。

経家によりて師釈を披くに、雑行のなかの雑行雑心・雑行専心・専行雑心あり。また正行のなかの専修専心・専修雑心・雑修雑心は、これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。ゆゑに極楽に生ずといへども三宝を見たてまつらず。仏心の光明、余の雑業の行者を照摂せざるなり。仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり。(化身土文類)

19願の行(諸善=万行=諸行=雑行)は「これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり」とあるように、方便化土往生の因であって、20願へ入る因ではありません。

おほよそ大小聖人、一切善人、本願の嘉号をもつておのれが善根とするがゆゑに、信を生ずることあたはず、仏智を了らず。かの因を建立せることを了知することあたはざるゆゑに、報土に入ることなきなり。(化身土文類)

20願の念仏も、19願の行と同様に難思往生(方便化土往生)の因です。いくら20願の念仏を称えていても「報土に入ることなきなり」ですから18願へ転入することはできません。

ですから18願、19願、20願を図で表せば、

方便化土←19願
方便化土←20願
真実報土←18願


というような図になり、三願は一直線には並ばないのです。19願の善に励んでいる人は19願の結果、20願の念仏に励んでいる人は20願の結果を得ます。では、親鸞聖人はどうして19願を出て離れ、20願へ入られたかと言えば、それを三願転入の御文で述べられているのです。

ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る。善本徳本の真門に回入して、ひとへに難思往生の心を発しき。(化身土文類)

善知識方の教え、お導きによって19願の法門を離れた、20願の法門へ入ったと仰っているのです。善知識方の教えとは、「19願から出て離れなさい」という教えであり、「19願の善をやりなさい」という教えではないことはここでも明白です。
ところで、親鸞聖人の恩師である法然聖人は選択本願の念仏一つを教えられた方であり、「自力念仏(20願の念仏)を励め、そうすれば18願へ転入できる」と20願の念仏を勧められた方ではありません。ですから親鸞聖人は一旦入った20願真門を出て離れ、18願へ転入したことを前の文に続けて、

しかるに、いまことに方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり。すみやかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓(第二十願)、まことに由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。(化身土文類)

と仰っているのです。

では、19願、20願と阿弥陀仏は無意味な願を建てられたのかというとそうではありません。この二願や、八万四千の法門と言われる教えは、18願を説いてすぐに受けつけない未熟な機(無宿善の機)を見捨てることなく導くために仮に設けられた法門であるというのが親鸞聖人の見方です。それを言われているのが、先ほどの

・仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり。
・果遂の誓(第二十願)、まことに由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。


などのお言葉であり、親鸞会が善の勧めとして最近多用している、

おほよそ八万四千の法門は、みなこれ浄土の方便の善なり。これを要門といふ。これを仮門となづけたり。 この要門・仮門といふは、すなはち『無量寿仏観経』一部に説きたまへる定善・散善これなり。定善は十三観なり、散善は三福九品の諸善なり。これみな浄土方便の要門なり、これを仮門ともいふ。この要門・仮門より、もろもろの衆生をすすめこしらへて、本願一乗円融無碍真実功徳大宝海にをしへすすめ入れたまふがゆゑに、よろづの自力の善業をば、方便の門と申すなり。(一念多念証文)

といったお言葉です。すでに親鸞聖人から18願真実の法門を聞き、18願の平生の救いに遇いたいと願うようになった人(宿善の機)には、法然聖人が親鸞聖人に教えられたように選択本願念仏の教え(18願)一つしか教えられておりません。ですから聖人はお手紙にも門弟の方々には18願のみを勧められ、蓮如上人も同様に18願のみを教え勧められています。蓮如上人は『御文章』で19願に触れてもいません。

親鸞聖人の三願転入のお言葉を利用し、会員に献金と勧誘ばかりやらせて少しも救いの法を与えないのが親鸞会の「生かさず殺さず召し上げる」戦法です。いくら親鸞会教義に従い頑張り続けた所で、肝心の信心獲得、往生成仏はのぞめません。親鸞会の活動にいくら努力しても、流した涙の一滴一滴は、真珠の玉となって戻ってはきません。早く善知識方の教えに従い、19願を出て離れ、18願の法門を聞いて下さい。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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