「後生のためには」こうしなさいという教えも蓮如上人の通りでないなら、「ほかには」こうしなさいという生き方も蓮如上人の通りでない親鸞会

蓮如上人と三願転入にどのような関係が??(20)にて触れましたが、蓮如上人は「このように心がけて暮らしていきなさい」という生き方と、「後生のためにはこうしなさい」という往生のための教えを分けて教えておられます。「後生のためにはこうしなさい」という教えについてはすでに述べましたので、今回は蓮如上人はどのようにこの世を過ごしていったらよいかということを3帖目13通から見ていきたいと思います。

それ、当流門徒中において、すでに安心決定せしめたらん人の身のうへにも、また未決定の人の安心をとらんとおもはん人も、こころうべき次第は、まづほかには王法を本とし、諸神・諸仏・菩薩をかろしめず、また諸宗・諸法を謗ぜず、国ところにあらば守護・地頭にむきては疎略なく、かぎりある年貢所当をつぶさに沙汰をいたし、そのほか仁義をもつて本とし

国で定める法令を主とし、諸神・諸仏・菩薩を軽んずることなく、諸宗・諸法を誹謗せず、守護・地頭をおろそかにすることなく、年貢や割り当てられて官または領主に納める物品などはもれなくこれを納め、世間の道徳を主としなさいと教えられています。
まず「王法を本とし」とあります。仏法は三世十方を貫くものですが、世法は国や時代によって違います。それに権力者が作ったり、人間同士話し合って作ったりしたものですから、完全なものではありません。中には理不尽なもの、自分に不都合なものもあるかも知れません。しかしその国に住む人はそれを守り、それによって秩序が保たれているという面もあります。「そんなの関係ねぇ」「迷いの人間が作ったものではないか」と見下していては、周囲との関係に角が立つばかりか、「真宗の門徒はろくでもない奴ばかりだ」というように他の門徒の方々にも迷惑がかかり、遂には真宗の教えそのものを誹謗されかねません。世法が明らかに道理に反するならば断固として立ちあがらねばならない時もありますが、蓮如上人は門徒の方々の生活と真宗を護るために仰っておられるのだと推察します。
次に「諸神・諸仏・菩薩をかろしめず、また諸宗・諸法を謗ぜず」と仰っています。私達を助けて下さるのは阿弥陀如来一仏であり、諸神・諸仏・菩薩は煩悩にまみれた罪深い私達を助けて下さいません。また、諸宗の教えでは末法の今日、自力修行のために我らの根機に合わず、生死出離の道はかないません。それで真宗では阿弥陀如来一仏を礼拝し、他仏を念ずることはありません。往生行としては選択本願の念仏一行を専らにし、一切の自力諸行(雑行)を修することもありません。ですが、このようなことをはばかりなく誰の耳にも聞こえるように話していたらどうでしょうか。
諸神・諸仏・菩薩を礼拝している人、諸宗の人は反発するでしょうし、中には暴力をもって襲ってくるかも知れません。誰でも自分が正しいと信じている教えを否定されたら嫌なものです。あるいは、いくら世法を守り、周囲との秩序を保ち、一家団欒に努め、年貢などを怠りなく納め、その他様々に悪を慎み善に励んでいても、それらと弥陀の救いとは無関係ですから、「どうせいくら努めても弥陀に救われるのではないのだから」と今挙げたような日常生活上の善を放棄してしまいかねません。こうした考えは、一歩間違えば「弥陀の救いはどんな悪も妨げないのだから、自分のやりたい放題やってもかまわない」という邪義に陥ります。真宗の教えは我らの根機に合かなう素晴らしい法である半面、聞き誤るとこのような危険も含まれているのです。そういう人がいると、先程と同様その人自身にも悪いばかりか、他の門徒の方々にも悪いですし、終いには真宗の教えそのものを誹謗されてしまいます。

このようなわけで上人は掟を作ってしばしばお手紙にも書かれているのですが、それにしても親鸞会は「後生のためには」こうしなさいという教えも蓮如上人の通りでないなら、「ほかには」こうしなさいという生き方も蓮如上人の通りではありません。大学では新入生をターゲットに正体を隠した偽装勧誘を繰り返し、社会問題となっています。これは明らかに世法に反しています。会員の頭の中は、「真実を伝えるためには仕方ない」「真実を伝えるためなら少々の悪は犯してもかまわない」というものでしょう。そんな団体が「善をしなければ」云々という資格はありません。また、きちんとした会計報告がなく、納められたお金がどのように使われているのか不透明です。会計報告をして資金の流れを透明化するのは社会の責任となっています。こうした社会的責任にも無関心なのが親鸞会です。それに、教義批判に回答を求めた特専部員を除名にするなど、仁義にも違反しています。教義批判には誠意をもって答えるのがあるべき姿であるのに、高森会長は逃げ回ってまともに答えようとせず、講師部員を動かして内輪だけで情報操作を行い、離反者が出ないようにしているというのが現実です。
親鸞会の会員は高森会長以外の教えを聞いたことがないため、自分達がいかに低レベルなのかを知りません。自分もそうでしたが、本願寺の頭脳集団より上だと本気で思っていることでしょう。親鸞会で教えられることは、その全てといっていいほどが真宗教義にあらざる珍らしき法であり、相伝もなきしらぬえせ法門です。本気で因果の道理を信じているなら、批判が絶えない原因を外に求めるのではなく、内に探してほしいものです。まぁ高森先生信心な人には無理な話ですけどね。
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最高の政治体制

かつて某青年本部長の会合やKの前の学生本部長の会合で、会長の布教講義の話がありました。

「真の知識が国家を統率する場合、最高の政治は独裁、つまり全体主義だ」

と会長は言うたとか?

十分反社会的ですね。

> ハー○ン・フランク様

似たような話は高森会長が正本堂で言っていました。私の記憶にも残っています。彼は政権を取って独裁政治をし、国民を意のままに操りたかったのでしょう。S価に追いつき追い越したかったのかも知れません。独裁政治など、仰る通り反社会的です。
真の知識と言っても仏ではありません。煩悩具足の実態は変わりません。欲も多く、怒り腹立ち、そねみねたむ心は多くひまなくして、臨終まで止まらず消えず絶えません。過ちを犯すこともあります。学ばなければ何も知らないことだらけです。何でも完璧、何でもできるスーパーマンではありません。政治の世界もよく学び知らなければ一般人と同じ知識しかありません。そんな人間が独裁政治などしたらどうなるか、結果は想像できると思います。
親鸞会では「真の知識」を神格化し、会員さんは獲信したらその前後で人格的にもものすごい変化が起きると想像している傾向があります。本願に対する疑いがない以外は以前と何も変わらない、一人の人間であることを知って頂きたいと思います。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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