蓮如上人と三願転入にどのような関係が??(34)

 それ、秋去り春去り、すでに当年は明応第七孟夏仲旬ごろになりぬれば、予が年齢つもりて八十四歳ぞかし。しかるに当年にかぎりて、ことのほか病気にをかさるるあひだ、耳目・手足・身体こころやすからざるあひだ、これしかしながら業病のいたりなり。または往生極楽の先相なりと覚悟せしむるところなり。

これによりて法然聖人の御ことばにいはく、「浄土をねがふ行人は、病患を得てひとへにこれをたのしむ」(伝通記糅鈔)とこそ仰せられたり。しかれども、あながちに病患をよろこぶこころ、さらにもつておこらず。あさましき身なり。はづべし、かなしむべきものか。さりながら予が安心の一途、一念発起平生業成の宗旨においては、いま一定のあひだ仏恩報尽の称名は行住坐臥にわすれざること間断なし。これについてここに愚老一身の述懐これあり。そのいはれは、われら居住の在所在所の門下の輩においては、おほよそ心中をみおよぶに、とりつめて信心決定のすがたこれなしとおもひはんべり。おほきになげきおもふところなり。

そのゆゑは、愚老すでに八旬の齢すぐるまで存命せしむるしるしには、信心決定の行者繁昌ありてこそ、いのちながきしるしともおもひはんべるべきに、さらにしかしかとも決定せしむるすがたこれなしとみおよべり。そのいはれをいかんといふに、そもそも人間界の老少不定のことをおもふにつけても、いかなる病をうけてか死せんや。かかる世のなかの風情なれば、いかにも一日も片時もいそぎて信心決定して、今度の往生極楽を一定して、そののち人間のありさまにまかせて、世を過すべきこと肝要なりとみなみなこころうべし。このおもむきを心中におもひいれて、一念に弥陀をたのむこころをふかくおこすべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。(御文章4帖目13通)



このお手紙を書かれた時、蓮如上人は既に84歳という御高齢であり、しかも病気になられていたことが伺えます。たとえ獲信していても、身体は年々老化して次第に衰えていきます。あちこちに痛い所も出てきます。怪我もしますし病気にもなります。やがて必ず死なねばなりません。この世を生きてある限り、生苦、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦の四苦八苦は免れません。信心獲得のことを絶対の幸福などと聞いていると、常に喜びで満ち溢れ、苦しいことがあっても煩悩即菩提ですぐに喜びに転じ変わり、苦が苦にならないかのように想像しますが、そうではありません。法に触れなければ、心は別段信前と変わりません。喜怒哀楽の感情はそのままです。また、苦しいものは苦しいし、痛いものは痛いし、嫌なものは嫌です。蓮如上人は法然聖人のお言葉を引いて、浄土をねがう行人は病気になると往生の兆候であるとひとえに喜ぶというが、自分は病気を喜ぶ心が全くないと嘆いておられます。しかし、「さりながら予が安心の一途、一念発起平生業成の宗旨においては、いま一定のあひだ仏恩報尽の称名は行住坐臥にわすれざること間断なし」とあるように、往生については一定であり、仏恩報尽の称名は常に忘れずたしなんでいると仰っています。

さて蓮如上人は、門徒の方々の心中を察するに、確かに信心決定のすがたではないと見て嘆かれています。この世は老少不定であり、いつどんな病気や事故で命尽きるか分かりません。そういう世の中ですから、

「いかにも一日も片時もいそぎて信心決定して、今度の往生極楽を一定して」
「一念に弥陀をたのむこころをふかくおこすべきものなり」


と教えられています。私達のようないたずらものは、本願(18願)のこころ、南無阿弥陀仏のいわれを聞き、「必ず助ける」本願力に乗じて、阿弥陀仏に後生をおまかせ致すのみです。そして、その上でなお心得ることは、

「そののち人間のありさまにまかせて、世を過すべき」

であります。この他、

信心決定するためには、一念に弥陀をたのむこころをふかくおこすには、
・19願の善、20願の念仏に励まねばならないという親鸞会流「三願転入の教え」
・必ず通らねばならないという道程があるという教え
・因果の道理を徹底して、廃悪修善に努めなければならないという教え
・地獄一定の自己が知らされねばならないという教え
・善知識の指示に無条件服従しなければならないという教え
・宿善を求めよ、厚くせよという教え


などを蓮如上人は一切書いていません。これらの説は元々浄土真宗にはない、高森会長がでっち上げた珍説です。もしでっち上げの珍説でないなら、蓮如上人がこれらの説についてどのお手紙でも触れていない、仰っていないのはおかしな話です。このような相伝もなきしらぬえせ法門を説く者は「蓮如上人以来の善知識」でしょうか? 会員の皆さんは御文章を眼に当ててよくよく思い計って頂きたいと思います。
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高●は正気なのかな? よねんちぇいよりアホっぽい 

>絶倫棒様

狂気としか思えませんね。会員を意のままに操り、組織を大きくして一番になりたかったのでしょう。「親鸞聖人の教えを正確にお伝えする」など、口だけではなから眼中になかったとしか思えないほど、親鸞会教義は真宗とは似ても似つかぬものです。

あとさ、高●会長って言うと怒る香具師なに?敬称が二つとか ●森だけが頼りって、変でしょ?弥陀の本願だけが頼りでしょ?

本との矛盾が激しいっすよ

>絶倫棒様

心は阿弥陀仏ではなく高森会長に向いているのです。高森先生信心、高森本仏論者がMC中の会員のすがたです。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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