蓮如上人と三願転入にどのような関係が??(38)

 それ、八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を愚者とす。たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり。しかれば当流のこころは、あながちにもろもろの聖教をよみ、ものをしりたりといふとも、一念の信心のいはれをしらざる人は、いたづらごとなりとしるべし。されば聖人(親鸞)の御ことばにも、「一切の男女たらん身は、弥陀の本願を信ぜずしては、ふつとたすかるといふことあるべからず」と仰せられたり。

このゆゑにいかなる女人なりといふとも、もろもろの雑行をすてて、一念に弥陀如来今度の後生たすけたまへとふかくたのみまうさん人は、十人も百人もみなともに弥陀の報土に往生すべきこと、さらさら疑あるべからざるものなり。あなかしこ、あなかしこ。(御文章5帖目2通)



仏教を知っているといっても、後生の一大事に関心のない人は愚者と言われています。なぜならこの世は一旦の浮生であり、後生こそ永生の楽果であるからです。この世をどんなにこころやすく過ごし、栄耀栄華をきわめたとしても、わずか50年乃至100年の内の楽しみです。それも火宅無常、老少不定と聞く時は、まことにもってたのみとなるものはありません。東日本大震災では老少関係なく実に多くの方が亡くなり、また金や財、家屋等全てを失った人もあるでしょう。実にお気の毒というより言葉がありませんが、明日は我が身かも知れません。こういう世の中ですから、無学無智の者であっても、後生の一大事を知っている人が智者であると仰っています。
ここで言う「後生の一大事」とは、親鸞会が主張するような「死ねば必ず無間地獄に堕ちる一大事」ではありません。「往生浄土の一大事」もしくは「往生浄土できるかどうかの一大事」であります。親鸞会は2帖目2通の一文のみを断章して「一切衆生必堕無間」は仏説であるとこじつけていますが、それが誤りであることは多くのブログで指摘されている通りです。
さて、当流のこころはことさら沢山のお聖教を読み、物を知っていても、「一念の信心のいはれ」を知らなければいたずらごとであると仰っています。「一念の信心のいはれ」を知るとは、その後親鸞聖人のお言葉に表れているように「弥陀の本願を信じて後生を助かるということ」です。では、どのように弥陀の本願を信じればよいのかというと、

もろもろの雑行をすてて、一念に弥陀如来今度の後生たすけたまへとふかくたのみまうさん人は

皆共に弥陀の報土に往生することはさらさら疑いないと教えられています。定散二善や六度万行等の自力諸行は元々往生行ではないため「もろもろの雑行」と言われます。これらを修めて後生を願っている限りは自力の執心から離れられず、弥陀をたのむことができないので「すてて」と教えられます。こうした教えに反して親鸞会では詭弁を用いて雑行を勧めていますが、後生助かろうという人には無用な教えであることは言うまでもありません。
その次の「たすけたまへ」と「たのみ」は同じ意味です。これは、「後生助けて下さい」とお願いにかかるということではありません。これは、既に阿弥陀仏の方から「後生助けるぞ」と喚びかけられていることに対し、「仰せの通り後生御助けましませ」と弥陀に後生をおまかせする許諾の意です。これが「一念の信心のいはれ」であります。

5帖目2通にも、やはり親鸞会流「三願転入の教え」や横の線に該当する教えなど、親鸞会で説かれる様々な珍説は存在しません。それらは往生の為には不要であるか障害であるから説かれていないのです。毎回蓮如上人の「あはれあはれ・・・」のお言葉を読みながら、これほどまでに教えをねじ曲げる者の頭はどうなっているのかと不思議でなりません。ともあれ、そんな悪知識からは離れて、直ちに本願のこころを聞いて今度の一大事の往生極楽を遂げるのが肝心かと思います。
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おらの頭ん中は、高●教に違和感感じるもんだ矛盾だらけなのもあるが、目的とか後生の一大事(高森の定義)とか聞いてもとくにかわらず 

どうしても、氏ぬのがおっかないみたいな 

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絶倫棒

高●教は捏造と断章に満ちた新興宗教の一つですから、違和感、矛盾は感じて当然です。高森信心が芽生えていると、それを理解できない自分が悪いと思い込んでしまいます。そうならなくてよかったですね。

本願に救われるとは、死ぬとは浄土に生まれることだという死生観を身につけさせて頂くことです。本願を信じさせ、念仏を称えさせ、浄土に生まれさせると願われているお心をよく聞いて、その身になって頂きたいと思います。


秘密コメント様

残念ながら仰る通り、単なる集金、集人(囚人)マシンです。騙されている会員さんと多くの講師部員は憐れであり、会長と確信犯幹部は本当に許し難い存在です。
親鸞会で役に立ったことと言えば、覚えた「親鸞聖人のお言葉」そのもの位です。高森教義は記憶の彼方に消し去って、本願の念仏、然るべき和上の法話や著書に接するのがよいですね。なんまんだぶつ、なんまんだぶつ。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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