蓮如上人と三願転入にどのような関係が??(48)

 当流の安心のおもむきをくはしくしらんとおもはんひとは、あながちに智慧才学もいらず、ただわが身は罪ふかきあさましきものなりとおもひとりて、かかる機までもたすけたまへるほとけは阿弥陀如来ばかりなりとしりて、なにのやうもなく、ひとすぢにこの阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまゐらするおもひをなして、後生をたすけたまへとたのみまうせば、この阿弥陀如来はふかくよろこびましまして、その御身より八万四千のおほきなる光明を放ちて、その光明のなかにその人を摂め入れておきたまふべし。

さればこのこころを『経』(観経)には、「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨」とは説かれたりとこころうべし。さては、わが身のほとけに成らんずることはなにのわづらひもなし。あら、殊勝の超世の本願や、ありがたの弥陀如来の光明や。この光明の縁にあひたてまつらずは、無始よりこのかたの無明業障のおそろしき病のなほるといふことはさらにもつてあるべからざるものなり。

しかるにこの光明の縁にもよほされて、宿善の機ありて、他力信心といふことをばいますでにえたり。これしかしながら弥陀如来の御かたよりさづけましましたる信心とはやがてあらはにしられたり。かるがゆゑに行者のおこすところの信心にあらず、弥陀如来他力の大信心といふことは、いまこそあきらかにしられたり。これによりて、かたじけなくもひとたび他力の信心をえたらん人は、みな弥陀如来の御恩をおもひはかりて、仏恩報謝のためにつねに称名念仏を申したてまつるべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。(御文章5帖目12通)



このお手紙は内容が2帖目13通とほぼ同じなので、解説については蓮如上人と三願転入にどのような関係が??(6)を参照して下さい。ここで、誤解しやすい点を今一度取り上げますと、

ひとすぢにこの阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまゐらするおもひをなして、後生をたすけたまへとたのみまうせば

の部分です。「阿弥陀仏の御袖にしっかりとすがりつくような思いで、『どうか後生お助け下さい』とお願いすれば」というように読めますが、これは間違いです。ここの「たすけたまへとたのみ」という言葉には、凡夫の方から仏に向かっての祈願請求の意味はかけらもないのです。凡夫から仏ではなく、仏から凡夫に向かって「後生助けるぞ」と喚びかけられているその勅命を、「仰せの通りおまかせします」と受容する許諾の意味です。これについて、『学仏大悲心』×「助けてください!」に稲城和上の解説が載っていますので、読んでみて下さい。本願のお救いは弥陀から私への一方通行であり、私が救いに何かを差し挟む余地は微塵もありません。逆に救いに何かを差し挟もうとするのを自力の計らいと言い、誡められているのです。

このお手紙でも当然ながら、親鸞会で説かれる様々な珍説は存在しませんでした。未だに希代の盗作家を善知識、生き仏と偶像崇拝させられている人は、哀れというより言い様がありません。早く教義の誤りに気付いて下さることを念じます。

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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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