相手を何重にも苦しめる裏切りという罪、反逆罪は本当に罪が重いと感じます

先日、梯實圓和上の法話CDを聴聞しました。『尊号真像銘文』の講釈でした。その中、

「至心」は真実と申すなり

の所で心に残ったものがあるので、ここで書きたいと思います。なお、文言は正確ではありません。それと途中、梯實圓著「本願のこころ」を参考に書いていますので、あらかじめ断っておきます。

本願文の「至心」を真実ということについては、善導大師の「至誠心釈」を承けられてのことです。善導大師が「散善義」の至誠心釈のはじめに「至とは真なり、誠とは実なり」といい、至誠心とは真実心であるといわれていました。
「真」、「実」とはどういうことかというと、漢字とはその反対語を理解することにより、その漢字のもつ意味がより正確にとらえられるようになりますので、真の反対語である「仮」、実の反対語である「虚」についてお話します。
「仮」とは、仮面を被っているということです。その仮面の下に本物の顔があり、見せかけの顔と本物の顔が違います。このように、見せかけと本物が違うことを「仮」といいます。そのようなごまかしをせずに、裏と表を使い分けず、本物のままがあらわれているのが「真」、「まこと」ということです。
「実」とは、充実という熟語からも分かるように、中に実がいっぱい詰まっている状態です。しかし、見せかけは中身がいっぱい詰まっていそうでも、開けてみると空っぽということがあります。それを「虚」というのです。虚は「むなしい」ということですが、はじめから何もないというよりも、むしろ中身があるように見えていながら、中を開けてみたら空っぽというような、裏切られた感情をともなう虚しさを「虚」というのです。裏切りというのは、味方だと思わせといて裏からバッサリ切るということです。敵と戦って負けるなら、己の力不足ということで仕方ないですが、味方だと思っていた者に裏からバッサリ切られたらどうでしょう。裏切った者に対する憎しみと、そんな者を信じていた自分の馬鹿さと、二重の苦しみがあります。そうやって相手に何重もの苦しみを与えるのですから、裏切るという罪、反逆罪は一番重い罪なのです。それに引き替え、見かけどおり中に実がいっぱい詰まっている、充実していることを「実」というのです。
ですから、真実とは、表だけ飾って中身は違うというような仮でもありません。また見せかけだけで、中身が空っぽであったり、腐っていたりというような裏切りもありません。内外相応して、内も外も本当に充実していることを真実というわけです。


こうした説明の中で、阿弥陀仏より回向される名号こそが真実だなぁと知らされると共に、やはり思い出すのは親鸞会のことです。親鸞会こそ「仮」であり、「虚」であったなぁとしみじみ感じます。表向きは「本当の親鸞聖人の教え」、「平生業成」、「不体失往生」、「現当二益」等と言ってはいても、中身は「ニセの親鸞聖人の教え」でした。19願を勧めて、表向きでも「臨終業成」「体失往生」になっています。さらに実態は、行が親鸞会への勧誘と献金という「善もどきの善」ですから、現当二益どころか報土でも化土でもない、悪趣へ赴く以外にない「現当無益」の教えであります。
他にも、「仏法のため」と言われ納めていた御報謝が、いつどのように使われていたのか全く不透明でした。建物を沢山建てて親鸞会の勢いぶりを虚飾しているだけで、赤字経営の実態は素人目に見ても分かります。内外不相応で、表だけ飾って見かけどおりに実りのない、「仮」、「虚」の説明が実によく当てはまる団体であると気付きました。一つどころか二重、いや何重もの仮面を被っていることに気づかされ、失望を禁じ得ませんでした。
このように教義的にも、組織的にもおかしな親鸞会だと気付いた者には、間違った教えを聞かされ続けていたという思いと、そんな教えを説く者を信じていた自分の馬鹿さという、二重の苦しみがあります。それだけではなく、間違った教えのために費やした時間や金銭は戻ってはきません。また、率先してこの誤った教えを弘める手伝いをしていた過去の愚行を実に恥ずかしく、申し訳なく思います。このように相手を何重にも苦しめる裏切りという罪、反逆罪は本当に罪が重いと感じます。特に教えに関しては、本人達がいつも言っているようにこの世だけのことではなく、未来永劫のことですから、未来永劫聞く者を迷わせるという大変重い罪です。
騙している本人達が堕ちるならそれは自業自得ですが、純粋に信じている会員さんは、このままなら騙されているとは知らないまま堕ちてゆくのです。「自分が悪かった、もっと性根を入れて求めるんだった」と後悔し、実は間違った教えを聞かされていたためだということを知らないままに。会員の皆さんには、特に自分と縁のあった方々には、自分が聞いている教えは只今、ここで、ここにいる私が助かる教えではないと正見し、一刻も早く本願を信じ念仏を申して、今度の一大事の往生を遂げて頂きたいと念じて止みません。それにはどうしたらよいかと、悩むばかりです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
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>秘密コメント様

いつもコメントありがとうございます。

恐らくですが、上層部以外は「相手を騙している」という自覚はないと思います。「これこそ真実の教えだ。一人でも多くの人にこの素晴らしい法をお伝えせねば」という思いで活動しているのだと思います。それがまた性質の悪いところなのですが・・・
許せないのは盗作と教義ねじ曲げを平気で行う会長と、それを知っていながらついていく恥知らずな上層部幹部です。貴方の親しかった人に悪気はないと思います。誤りに気付いてもらえるといいですね。私も陰ながら念じています。

高●教って変えないなら詐欺で告訴できそうだけどね

そして、誰とはいわんが、川津のりするヤツにははらわた煮え繰り返る 

絶倫棒様

同感です。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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