『教行証文類』の概要(3)ー教法の体系

『聖典セミナー教行信証[教行の巻]』(梯 實圓師)より引用

二、本願力回向の宗教

教法の体系

 親鸞聖人は、浄土真宗とは、本願力回向の二つの相である往相(浄土へ生まれていくありさま)と還相(穢国に還って来て衆生を救済していくありさま)と、その往相として回向された教、行、信、証という四法を基本として成立している教法であるといわれています。そして『教行証文類』は、その往相の四法を中心として釈顕されていましたから、覚如上人以来、『教行信証』とか『教行信証文類』と四法題で呼ばれてきたのです。

 ところで、『教行証文類』の広博な法義を一巻に要約された『浄土文類聚鈔』には、

しかるに本願力の回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。往相について大行あり、また浄信あり。(『註釈版聖典』四七八頁)

といわれています。『教行証文類』では、浄土真宗に二種の回向があるといい、ここでは本願力回向に二種の相があるといわれているのですから、浄土真宗と本願力回向は言葉に違いはありますが、内容的には同じ事柄を指していることがわかります。いいかえれば、浄土真宗とは本願力回向といわれる宗義を軸として展開していく教法の名称だったのです。法然聖人の浄土宗が、「選択本願」という一語に集約できるとすれば、親鸞聖人の浄土真宗は「本願力回向」という一句に摂めつくすことができます。法然聖人の選択本願の宗義を、本願力回向という名目(教義概念)をもって開顕したのが『教行証文類』であったといえましょう。

 それでは、本願力回向とはどのような法義を意味しているのでしょうか。まず、本願と力と回向の三つの項目に分けて、その意味をうかがうことにしましょう。


(p.6~p.7)



阿弥陀仏が「どんな者でも必ず救う」と誓われた選択本願。それは衆生の造作をまじえず、阿弥陀仏による一方的な救いであるというのが本願力回向の宗義であります。

それに対して、本願力回向を聞いてもすぐさま受け入れられずに、

「いくら大慈大悲の阿弥陀さまと言えど、衆生の造作をまじえずして救われることがあるか」
「自力諸善に励むものを往生させるというのならわかる」
「修行はできないが、そのまま救うということは有り得ない、せめて念仏くらい称えないと」
「こちらで諸善に励まねば救って下さらないだろう」
「せめて真心こめてお念仏称えなければ、助けていただけないだろう」

とはねつける者も当然います。阿弥陀仏がされるお仕事を、私の方で受け持とうとしているのです。

そんな自力諸善、自力念仏に励む者でも「堕としはせぬぞ」と誓って下されたのが十九願、二十願です。
だからこの二願は「随他意の願」と言われ、「随自意の願」と言われる選択本願(十八願)を真実の願と呼ばれるのに対し、方便の願と呼ばれるのです。ここで言われる方便とは、くどいですが権仮方便です。

阿弥陀仏は「汝一心正念にして直に来れ」と喚びかけておられますから、仰せに順いただちに十八願によって救われることが阿弥陀仏の御心にかなっているのです。このブログを縁に、一人でも多くの方が、法然・親鸞両聖人が明らかにしていかれた選択本願に只今救われ、念仏する身となって頂きたいと思います。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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