蓮如上人と三願転入にどのような関係が??(55)

 それ、末代の悪人・女人たらん輩は、みなみな心を一つにして阿弥陀仏をふかくたのみたてまつるべし。そのほかには、いづれの法を信ずといふとも、後生のたすかるといふことゆめゆめあるべからず。しかれば阿弥陀如来をばなにとやうにたのみ、後生をばねがふべきぞといふに、なにのわづらひもなく、ただ一心に阿弥陀如来をひしとたのみ、後生たすけたまへとふかくたのみまうさん人をば、かならず御たすけあるべきこと、さらさら疑あるべからざるものなり。あなかしこ、あなかしこ。(御文章5帖目19通)


心を一つにして阿弥陀仏をふかくたのみたてまつるべし

蓮如上人はこのようにお勧めです。そして、その他どのような教えを信じるとしても、後生の助かるということはゆめゆめありませんと仰せです。では私達は、阿弥陀如来をどのようにたのみ、往生を願うのでしょうか? これについては、

なにのわづらひもなく、ただ一心に阿弥陀如来をひしとたのみ、後生たすけたまへとふかくたのみ

なさいと教えられています。そういう人を必ずお助け下さることにさらさら疑いはありません。
「なにのわづらひもなく」とは、私達の側に阿弥陀仏は何も要求されていないということです。すなわち、弥陀の一方的なお救いであって、その救済にあずかる方法論は私達の側にはないということです。もうすでに弥陀が浄土に往生するための用意は何もかも全て整えられてありますから、私としてはこれに乗ずるのみです。私達が何か(廃悪修善、定散二善、罪悪観の追求等)をしなければ救われないのなら、「なにのわづらひもなく」とは言われません。
「一心に阿弥陀如来をひしとたの」むとは、余の善、余の仏は捨てて、阿弥陀仏一仏におまかせし、往生をゆだねることです。余の仏をたのんでいては弥陀一仏をたのめないのと同様、余の善を修めていては弥陀一仏をたのむことはできません。ですから往生に役立てようと修めている善は雑行と名づけて真宗では嫌われる行なのです。
「後生たすけたまへとふかくたの」むとは、「必ずお前の後生助けるぞ」という弥陀の力強い先手の法に対し、計らいを交えずにこれを聞き、「仰せの通りお助け下さい」と受け入れる許諾の意です。この力強い弥陀の仰せを何とかうまいこと聞いたら助かるかのように思っていてはなりません。仰せを聞いて安心するのではありません。仰せだけで安心してしまうのです。
色々と煩わしく申しましたが、要は弥陀の「たすけるぞ」を「はい」と頂いたのです。それが真実信心です。それが弥陀をたのむということです。それで、このようないたずらものがお浄土へ参らせて頂く身となったのです。

やはり5帖目19通にも、親鸞会流「三願転入の教え」を始めとした様々な珍説は存在しません。蓮如上人の教えられていない「いづれの法」だということです。それをいくら信じていても後生は助かりませんから、未だ執心している人は早く捨てて下さい。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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