蓮如上人と三願転入にどのような関係が??(58)

 そもそも、当流勧化のおもむきをくはしくしりて、極楽に往生せんとおもはんひとは、まづ他力の信心といふことを存知すべきなり。それ、他力の信心といふはなにの要ぞといへば、かかるあさましきわれらごときの凡夫の身が、たやすく浄土へまゐるべき用意なり。その他力の信心のすがたといふはいかなることぞといへば、なにのやうもなく、ただひとすぢに阿弥陀如来を一心一向にたのみたてまつりて、たすけたまへとおもふこころの一念おこるとき、かならず弥陀如来の摂取の光明を放ちて、その身の娑婆にあらんほどは、この光明のなかに摂めおきましますなり。これすなはちわれらが往生の定まりたるすがたなり。

されば南無阿弥陀仏と申す体は、われらが他力の信心をえたるすがたなり。この信心といふは、この南無阿弥陀仏のいはれをあらはせるすがたなりとこころうべきなり。さればわれらがいまの他力の信心ひとつをとるによりて、極楽にやすく往生すべきことの、さらになにの疑もなし。あら、殊勝の弥陀如来の本願や。このありがたさの弥陀の御恩をば、いかがして報じたてまつるべきぞなれば、ただねてもおきても南無阿弥陀仏ととなへて、かの弥陀如来の仏恩を報ずべきなり。されば南無阿弥陀仏ととなふるこころはいかんぞなれば阿弥陀如来の御たすけありつるありがたさたふとさよとおもひて、それをよろこびまうすこころなりとおもふべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。(御文章5帖目22通)



当流親鸞聖人の教え勧められたことを詳しく知って、極楽に往生しようと思う人は、まず他力の信心ということをよく知りなさい。他力の信心とはどのようなことかというと、このようなあさましい私達のような凡夫が、たやすく浄土へ参らせて頂く用意です。その他力の信心のすがたはどのようなことかと言えば、何の造作も要らず、ただひとすじに阿弥陀如来を一心一向にたのみ、「助けるぞ」の仰せを計らいなく聞き受け「仰せの如くお助け下さい」と往生を委ねたその一念に、必ず弥陀如来が摂取の光明を放って、その身が娑婆にある限りはこの光明の中に摂めおかれるということです。これが私達が往生の定まったすがたです。
ですから南無阿弥陀仏というのは、私達が他力の信心を獲得したすがたなのです。この信心というのは、この南無阿弥陀仏のいわれを表しているすがたであると心得なさい。なので私達が今の他力の信心一つを取ることで、極楽にたやすく往生するであろうことに、更に何の疑いもありません。ああ、何と殊勝の弥陀如来の本願でしょう。この有難い弥陀の御恩にどのようにして報いたらよいのかというと、ただ寝ても起きても南無阿弥陀仏と称えて、かの弥陀如来の仏恩に報いなさい。南無阿弥陀仏と称える心は、阿弥陀如来の御助け下さることの有難さ尊さを思い、それを喜ぶ心であると思いなさい。

このお手紙が、80通の御文の中で最後のものとなります。やはり、蓮如上人の教え勧められたことは他力信心の体である南無阿弥陀仏のいわればかりでした。親鸞会流「三願転入の教え」、横の線に該当する教え、一切衆生必堕無間という教え、善知識の指示に無条件に従わねば助からないという教え、獲信の因縁として宿善を求めよ・厚くせよという教えなど、親鸞会で言われるような珍説は蓮如上人のお手紙の上に見ることはありませんでした。検証の結果、

・蓮如上人と親鸞会流「三願転入の教え」は無関係

ということで決着です。会員の皆さんには、どうか会長信仰から離れてお聖教に直接向き合って頂きたいと願います。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード