必死ですね(親●会講師部員のブログを読んで・・・)

こんなブログ記事を見つけました(原文の行間をつめて引用します)。

↓↓↓↓

浄土真宗親鸞会★朋ちゃんHappy diary♪

★関係のない お聖教の言葉はない★

浄土真宗親鸞会『顕正新聞』に
こんなメッセージがありました! (*^_^*)

**********************
●関係のない お聖教の言葉はない●

「あわれあわれ、存命の中にみなみな信心決
定あれかしと朝夕思いはんべり」
の悲願で貫かれているお聖教に、信心獲得に
関係のないお言葉があるはずがない。
「一切の聖教というも、ただ南無阿弥陀仏の
六字を信ぜしめん(信心獲得)がためなり」
蓮如上人のお言葉である。
**********************

★★★
一切の聖教には
なにが
説かれているのでしょう。。
★★★

親鸞聖人のお言葉を
紹介したいと思います (*^_^*)


*************************
凡そ八万四千の法門は
みな是れ 浄土の方便の善なり。
これを「要門」という。これを「仮門」と名けたり。
この要門・仮門というは、
すなわち『無量寿佛観経』一部に説きたまえる
定善・散善 是れなり。
定善は十三観なり、
散善は三福・九品の諸善なり。
これみな浄土方便の要門なり。
これを仮門ともいう。
                (一念多念証文)
*************************

********************
諸善万行ことごとく
至心発願するゆえに
往生浄土の方便の
善とならぬはなかりけり (浄土和讃)
********************




上の『一念多念証文』、『浄土和讃』のお言葉については最近、

大経讃(5)「諸善万行ことごとく」の御和讃
大経讃(6)「諸善万行ことごとく」の御和讃(2)

で取り上げましたので、参考にして下さい。

このブログ記事を一読して、親鸞会教義を防衛するのに必死なことは伝わってきましたが、「これが浄土真宗か?」と思いました。


「あわれあわれ、存命の中にみなみな信心決定あれかしと朝夕思いはんべり」の悲願で貫かれているお聖教だからこそ、親鸞聖人は、

「経家によりて師釈を披くに、雑行のなかの雑行雑心・雑行専心・専行雑心あり。また正行のなかの専修専心・専修雑心・雑修雑心は、これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。ゆゑに極楽に生ずといへども三宝を見たてまつらず。仏心の光明、余の雑業の行者を照摂せざるなり。仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり。」(教行信証化土巻)

(訳は、私信ですが記事にしました(2)を参照して下さい。)

と、要門の行は化土の業因であることを明らかにされ、はやく要門を離れて、本願一乗に帰して下さいと願われているのです。

親鸞聖人は真実と権仮方便を明らかにされ、権仮方便は廃捨すべきものであり、真実を用いるべきであると教えていかれました。すなわち、

「おほよそ聖教には、真実・権仮ともにあひまじはり候ふなり。権をすてて実をとり、仮をさしおきて真をもちゐるこそ、聖人(親鸞)の御本意にて候へ」(歎異鈔)

のお言葉で明らかです。

親鸞聖人が、離れるように勧められた要門を、実行させるように説いていては、もはや浄土真宗を名乗る資格はありません。


念仏成仏これ真宗
万行諸善これ仮門
権実真仮をわかずして
自然の浄土をえぞしらぬ(浄土和讃)

聖道権仮の方便に
衆生ひさしくとどまりて
諸有に流転の身とぞなる
悲願の一乗帰命せよ(浄土和讃)

悲しきかな、垢障の凡愚、無際よりこのかた助正間雑し、定散心雑するがゆゑに、出離その期なし。みづから流転輪廻を度るに、微塵劫を超過すれども、仏願力に帰しがたく、大信海に入りがたし。まことに傷嗟すべし、深く悲歎すべし。(教行信証化土巻)


親鸞聖人のお嘆きが聞こえてきます。会員の皆様は、権仮方便にとどめられている事実に早く気が付いて下さい。このままでは、諸有に流転の身となってしまいますよ。


「信心決定あれかしと朝夕思いはんべり」の蓮如上人のお勧めは、聴聞です。

されば『経』(大経・下)には、「聞其名号信心歓喜」と説けり。「その名号を聞く」といへるは、南無阿弥陀仏の六字の名号を無名無実にきくにあらず、善知識にあひてそのをしへをうけて、この南無阿弥陀仏の名号を南無とたのめば、かならず阿弥陀仏のたすけたまふといふ道理なり。これを『経』に「信心歓喜」と説かれたり。これによりて、南無阿弥陀仏の体は、われらをたすけたまへるすがたぞとこころうべきなり。(御文章1帖目15通)

の蓮如上人のお勧めに従って、南無阿弥陀仏の六字の名号のいわれをよくよく聞いて頂きたいと思います。





【補足】

聖道権仮の方便に
衆生ひさしくとどまりて
諸有に流転の身とぞなる
悲願の一乗帰命せよ


の御和讃についてです。

この御和讃は、聖道門について言われたものではないかと会員は非難してきそうですので、補足を加えます。

一つ前の御和讃で「念仏成仏これ真宗」と仰っているのは、当然、弘願(18願)念仏のことで、選択本願が真宗であることを教えられたものです。

それに対し、要門(19願)の諸善万行は仮門であることを「万行諸善これ仮門」と仰っています。この万行諸善に釈迦一代の法門(八万四千の法門)はおさまります。このことを教えられたのが上の『一念多念証文』のお言葉です。ですから、八万四千の法門(ここに聖道門も要門も含まれます)は、権仮方便の教説であることを、「万行諸善の仮門」と仰っているのです。
そして、権仮方便と真実を弁別せず、万行諸善の仮門に止まって、真実報土の往生を知らずにいるものを「権実真仮をわかずして自然の浄土をえぞしらぬ」と嘆かれているのです。

上の御和讃で真実と権仮方便を分け、ハッキリ区別すべきことを明らかにしたあと、権仮方便をすてて弘願真実に帰入しなさいと勧められたのが「聖道権仮の方便に~」の御和讃です。

要門も聖道門も権仮方便であり、既に18願による救いを求める人には廃捨されるべき法門なのです。


それを、要門の「要」は「必要」「重要」「かなめ」であると説明し、18願が真実だと知り、既に18願を求める人までもが通らねばならぬ道であるかのように教える親鸞会や高森会長には、心底呆れてしまいます。本願寺が相手にしないわけです。

親鸞会ドグマにより、会員は只今の救いと別の方向へ仕向けられていますから、この御和讃は僭越ながら次のように詠み替えることができるでしょう。

要門権仮の方便に
会員ひさしくとどまりて
諸有に流転の身とぞなる
悲願の一乗帰命せよ


親鸞聖人が真実と権仮方便をハッキリ分けて教えて下されたのに、要門という権仮方便に会員をひさしくとどめているのは、他ならぬ高森会長です。会長は、会員が諸有に流転の身となっても、何か責任をとってくれるでしょうか?

無常は迅速、罪悪は深重の我々は、直ちに悲願の一乗である阿弥陀仏の18願によらねば、救われる道は2つも3つもありません。

会員の皆さん、明日の命、いや今日の命さえ保証がないのに、いつまで生きているつもりですか?

今日死ぬんですよ。今死んでいかねばならないんですよ。一体いつどれだけの善をやって、信仰が進んで救われるつもりなんですか?

私はこれがずっと疑問でした。もし縁があって、このブログを読んでいる会員の方がいらっしゃいましたら、ぜひとも冷静に我が身の後生を考え、親鸞会の教えで自分は助かるのか真剣に考えてみて下さい。
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プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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