信心とは、心に弥陀の仰せられることを領受するをいう

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  四 善知識の教えたもうは信心のことです

  一 信心とはどういうことか

 信心とは、心に弥陀の仰せられることを領受するをいう。「たすけるぞ」を受けて、おもいたもつことである。たすけるの親様であると、思いたもつが信心であります。
 機のうえにたもつところの弥陀の仏智とは、南無阿弥陀仏であります。つまり「たすけるぞ」の仰せが弥陀の仏智であります。私の往生はこのほかにはないのであります。
 たすけるぞよの仏意を頂いて、私の計らいを捨て、無疑のところを聞というのであると、ご開山様は仰せられました。
 無始よりこのかた、生死に輪廻して、出離を求めた迷い心の自力心は、本願の道理を聞き得るについて、へりくだり敬えば、その自力心は殺されてしまいます。そのときを以て、お助けにあづかるとも、正定聚に住するとも、即得往生とも申されるのであります。

(p.35~p.36)



真宗の信心とは、自己の三世がハッキリするとか、地獄一定と極楽一定の自己がハッキリ知らされるといった類のものではありません。まして三世十方を徹見する智慧が具わるというものではありません。南無阿弥陀仏を受けて、「たすけるぞよ」の仏意に仰せの通りお任せすることです。私の往生は阿弥陀仏にひとえに一任であって、凡夫の計らうべきところではありません。当方としては必ずお助けにあづかると信じ念仏を申して、かの仏恩に報いるのみであります。その信じた一念に即得往生、住不退転とは申し訳ない、かたじけないことであります。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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