「地獄一定」という言葉は同じでも、その意味するところが違う

『夢幻界裡の覚醒』宗祖の「地獄一定」は「機の深信」

では、

『飛雲』人の主張をネジ曲げてまでエントリーを書き、その上機の深信について未だに理解できないとは…
『親鸞会の邪義を正す』会員との問答(後生の一大事について)
『親鸞会の邪義を正す』会員との問答(機の深信と罪悪観との違いについて)

などに対して断章取義で貫かれた内容が綴られています。

なお、夢幻界裡氏は『真宗の教義と安心』を断章し、本願寺と親鸞会が同じ主張をしているかのように書いていますが、勘違いも甚だしいと言わねばなりません。『真宗の教義と安心』は当ブログでも紹介していますが、

二種深信の意義ー二種深信、捨機託法、二種深信と信罪福心

に、彼の挙げた文章を掲載しています。前後も含めて読んでみると

 機の深信とは、自らが地獄一定の存在であると、機の真実を信知することであり、法の深信とは、本願はそのような機をまちがいなく救う法であると、法の真実を信知することである。
 この二種深信は互いに矛盾した事実(地獄一定、往生決定)の信知と理解されやすい。しかし、機の深信の意味するところは自らの力が浄土往生についてなんの役にも立たぬと信知することであり、法の深信の意味するところは、出離ひとえに阿弥陀仏の救済の力にあると信知することである。すなわち、機の深信は自らのはからいを捨てさる(捨機)ということであり、また法の深信は阿弥陀仏の救済にすべてをまかせる(託法)ということである。このように二種深信は矛盾した信ではない。自らの力がなんの役にも立たないと知って、はからいを捨てさるということは阿弥陀仏の救済の力にまかせきるということであり、阿弥陀仏の救済の力にまかせきるということは自らの力がなんの役にも立たないと自力のすたるところであって、これは別なことではなく、『高僧和讃』にも、

 煩悩具足と信知して 本願力に乗ずれば
 すなはち穢身すてはてて 法性常楽証せしむ(五九一)


とうたわれている。


と書かれています。ここでは、機の深信、つまり「地獄一定の存在であると、機の真実を信知する」とはどういうことであるかを、

・機の深信の意味するところは自らの力が浄土往生についてなんの役にも立たぬと信知すること
・機の深信は自らのはからいを捨てさる(捨機)ということ
・自らの力がなんの役にも立たないと知って、はからいを捨てさるということ
・自らの力がなんの役にも立たないと自力のすたるところ


であると言い換えられています。ですから、『真宗の教義と安心』にある「地獄一定」とは、

自力無功、捨機、捨自

という意味です。これは『飛雲』で主張されていることと何ら変わりありません。それに、「地獄一定の存在であると、機の真実を信知する」とは『歎異抄』の「地獄は一定すみかぞかし」を挙げて説明しているのでもありません。挙げられている『高僧和讃』の根拠では「煩悩具足と信知して」とあり、地獄一定とは煩悩具足の別の表現であることが分かります。

ところが親鸞会で主張している機の深信とは、一切衆生が必堕無間と知らされる、逆謗の屍であると知らされるということです。ですから親鸞会が言っている「地獄一定」とは、

一切衆生必堕無間、逆謗の屍

という意味です。「地獄一定」という言葉は同じでも、その意味するところが違うのです。まとめると、

本願寺 ― 地獄一定(=自力無功、捨機、捨自)
飛雲  ― 自力無功、捨機、捨自
親鸞会 ― 地獄一定(=一切衆生必堕無間、逆謗の屍)


となります。誰の主張がおかしいか、一目で分かりますね。地獄一定と書いてあれば他は全て無視してそこだけに飛びつく、だから断章取義だと言われるのです。地獄地獄と地獄にこだわっているのは親鸞会だけです。


それにしても、本願寺と親鸞会は同じ主張であり、本願寺及び親鸞会とは異なる飛雲さんは異安心だと自称本願寺の僧侶は言いたいようですが、親鸞会は本願寺を十劫安心とか称名正因の異安心と非難していることをお忘れですか? 飛雲を意識するあまり、飛雲を破ることしか頭にない様子で、異安心呼ばわりしている団体と親鸞会が同じであると書いていることにお気づきでしょうか? 異安心なのは親鸞会と貴方ですよ、自称本願寺の僧侶さん。下手に書けば書くほど、返って親鸞会及び自分の邪義が浮き彫りになるだけです。皆貴方方に呆れていますよ。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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