S会で使われるところの「信相」「機相」とは、真宗本来の語義とは全く掛け離れた、S会独自の用語(コメント欄より)

高森会長は機相で信心を語っている異安心

の記事にRudel様からコメントを頂きました。ありがとうございました。

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http://kondoutomofumi.blog121.fc2.com/blog-entry-291.html

↑このblogにも述べられていますが、S会で使われるところの「信相」「機相」とは、真宗本来の語義とは全く掛け離れた、S会独自の用語であり、当然、説明の内容もS会独自のオリジナル教義なんですよね。

自是他否のためにその場しのぎででっちあげた教義に過ぎませんから、自己矛盾が見え見えなのですが、S会にどっぷり浸かっているとそれにさえ気付けなくなってしまうんですよね。

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上記のURL(『21世紀の浄土真宗を考える会』機受の心相)の記事を引用しますと、「機相」「信相」について

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南無阿弥陀仏(帰命尽十方無碍光如来)の名号を全領した機受の心相が「信心」です。
(口に現れたのが、称名念仏です)

機受の心相を縮めて「機相」と言います。
(法徳に対する言葉です)

信心のすがたを「信相」と言います。
(「信相の一念」という時に使われます)

ですから「信相」と「機相」とは同じことです。

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と書かれています。また、「機相」「信相」に関して浄土真宗における「信相」と「機相」にも書かれていますので参照して下さい。

一方、『浄土真宗親鸞会公式ホームページ』徹底検証 三業安心と十劫安心によりますと、

「機」とは我々の身、口、意の三業である。

とあることから、親鸞会でいう「機相」とは、我々の身、口、意の三業のすがたということです。そして親鸞会でいう「信心を機相で語る」とは、「私はああだった」「こうだった」と三業(体験)で語ること、他人の三業で「あの人は獲信している」「あれはしていない」と言うことを指しています。
また、親鸞会でいう「信相」については明言されていませんが、おそらくそのまま(他力の)信心のすがたということでしょう。そして親鸞会でいう「信心を信相で語る」とは、真実の信心を常に万人共通の普遍的な表現で語ること、信前・信後の違いを、いつの時代でも共通する普遍的な説き方で語ることを言うようです。

以上のように、S会で使われるところの「信相」「機相」とは、真宗本来の語義とは全く掛け離れた、S会独自の用語であり、当然、説明の内容もS会独自のオリジナル教義なわけです。これは「機相」「信相」に限らず、宿善、方便などについても同様のことが言えます。親鸞会とは言葉だけ真宗で、中身は真宗とは全く異なる新興宗教団体だということが分かるよい例です。


なお、親鸞会は過去においては「機相」を、「機受の心相」という意味で使っていました。『清森問答』質疑応答161に書かれていますが、今は該当箇所だけ引用することにします。

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●信の一念の妙味は、あらゆる聖人の著書に記されていますが、中でも有名なのは『教行信証』信巻の御文でありましょう。
「それ、真実の信楽を按ずるに信楽に一念あり。一念とはこれ信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心をあらわすなり」
と、ズバリ一念の信を明記なされているからです。
(乃至)
 先ず、親鸞聖人が信楽一念の心相を述べられたこの大文章を、「機相ではない、どこまでも法徳談である」という大邪義から正さなければなりません。
 そもそも親鸞聖人は『教行信証』行巻において、
「行に一念あり、亦、信に一念あり」
と仰言って、先ず、行の一念を解釈しておられます。
 それが終って信巻で、次の信の一念に就いて述べられたものが今の文章でありますから、この文章は絶対に信一念の機相でなければなりません。
 これは明らかに、他力の信心を獲る時尅と、その時にある心相とを明示されたものです。
 慶心も慶喜も機受の信心をあらわす異名であることは、
「信心をうるを慶喜という」(唯信鈔文意)
「能発一念喜愛心というは、一念慶喜の真実信よく発すれば、必ず本願の実報土にむまるべし」(銘文)
とも言われていることでも明白な事実です。
 故にこの文章は、法徳の名をもって機受の心相を語られたものであり、いゝかえれば、信心の徳の名をもって機相の安心を示されたものです。

(こんなことが知りたい2 p206~p209)



 このように、「親鸞聖人は、機相を説かれた」とハッキリ書かれています。

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華光会を意識し、会員の流出を防ぐことに躍起になる余り、過去に自分がどのようなことを書いてきたかをお忘れのようですね。元々パクった文章ですから忘れてしまいましたか、高森会長? こうした多くの、過去と現在の矛盾点を知るだけでも退会には十分な要因です。こうしたことを知ってもさしておかしいとも感じず、なお高森会長を擁護しようとする思考の方は、まだまだMCからの脱却に時間がかかることでしょう。あるいは知っていてついていっている確信犯か。後者ならばろくな輩ではありません。そんな輩に騙されている会員さんが可哀想でなりません。
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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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