親鸞聖人がご門弟の方々に勧められた『後世物語聞書』に、三願転入の教えはない(5)

『後世物語聞書』を通しての真偽検証もこれで5回目ですが、今回も一段落の内容を通して親鸞会教義の誤りを見ていきたいと思います。

【7】またあるひとのいはく、曠劫よりこのかた乃至今日まで、十悪・五逆・四重・謗法等のもろもろの罪をつくるゆゑに、三界に流転していまに生死の巣守たり。かかる身のわづかに念仏すれども、愛欲のなみとこしなへにおこりて善心をけがし、瞋恚のほむらしきりにもえて功徳を焼く。よきこころにて申す念仏は万が一なり。その余はみなけがれたる念仏なり。されば切にねがふといふとも、この念仏ものになるべしともおぼえず。ひとびともまたさるこころをなほさずはかなふまじと申すときに、げにもとおぼえて、迷ひ候ふをば、いかがし候ふべき。
 師のいはく、これはさきの信心をいまだこころえず。かるがゆゑに、おもひわづらひてねがふこころもゆるになるといふは、回向発願心のかけたるなり。善導の御こころによるに、「釈迦のをしへにしたがひ、弥陀の願力をたのみなば、愛欲・瞋恚のおこりまじはるといふとも、さらにかへりみることなかれ」(散善義・意)といへり。まことに本願の白道、あに愛欲のなみにけがされんや。他力の功徳、むしろ瞋恚のほむらに焼くべけんや。たとひ欲もおこりはらもたつとも、しづめがたくしのびがたくは、ただ仏たすけたまへとおもへば、かならず弥陀の大慈悲にてたすけたまふこと、本願力なるゆゑに摂取決定なり。摂取決定なるがゆゑに往生決定なりとおもひさだめて、いかなるひと来りていひさまたぐとも、すこしもかはらざるこころを金剛心といふ。しかるゆゑは如来に摂取せられたてまつればなり。これを回向発願心といふなり。これをよくよくこころうべし。


この段落では、回向発願心について説明されています。回向発願心とは、ただ「仰せの通りお助けましませ」と仏の本願を聞き受け、本願力におまかせし、往生決定のおもいに住することをいいます。

さて、ここでは「一切衆生必堕無間」の邪義と、二河譬の白道について触れたいと思います。
まず、ある人が自らのことを「始まりのない昔から今日まで、十悪・五逆・四重(殺生・偸盗・邪淫・妄語)・謗法などの諸々の罪悪を造るので、三界(欲界・色界・無色界)を流転していまだに迷いの世界から逃れられない者です」と言っています。特に自分のことを逆謗の屍だとも、無間地獄しか行き場のない者とも言ってはいません。またそれに対する師の答えの中にも、「お前は三界を流転、迷いの世界から逃れられないどころか、逆謗の屍であり、必堕無間の極悪人でないか」などと、一切衆生必堕無間を肯定する文言は見られません。そんなカルト的な教えは真宗には存在しないので当然ですね。
次に、「まことに本願の白道、あに愛欲のなみにけがされんや。(まことに阿弥陀仏の本願の白道は、どうして愛欲の波に汚されるでしょうか。いいえ、決して汚されることはありません。)」という言葉の中に出てくる、二河譬の白道についてです。親鸞会では高森会長オリジナルの二河譬が語られ、『教学聖典(6)』の問(4)にも白道とは求道心、信心であると説明されています。これは間違いです。このことは既に、『親鸞会教義の誤り』宿善とは7宿善とは8などで指摘されていますので、そこから引用したいと思います。

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この中で、親鸞会の教えていることと明確に違うところは「白道」と「西に向かふ」の2つです。

白道」について、「清浄の願往生心を生ずるに喩ふ」と仰っています。他力の信心のことです。
西に向かふ」とは、「もろもろの行業を回してただちに西方に向かふに喩ふ」とあり、自力の行である諸善万行を捨てて、ただちに浄土に向かうことです。幸福を求めてなどという軽いものではありません。

高森会長の様なデタラメ解釈をする人が現れることを予想されて、親鸞聖人は「白道」について『教行信証』信巻で更に解釈しておられます。


まことに知んぬ、二河の譬喩のなかに「白道四五寸」といふは、白道とは、白の言は黒に対するなり。白はすなはちこれ選択摂取の白業、往相回向の浄業なり。黒はすなはちこれ無明煩悩の黒業、二乗・人・天の雑善なり。道の言は路に対せるなり。道はすなはちこれ本願一実の直道、大般涅槃、無上の大道なり。路はすなはちこれ二乗・三乗、万善諸行の小路なり。四五寸といふは衆生の四大五陰に喩ふるなり。「能生清浄願心」といふは、金剛の真心を獲得するなり。本願力の回向の大信心海なるがゆゑに、破壊すべからず。これを金剛のごとしと喩ふるなり。


まとめると
」=「選択摂取の白業、往相回向の浄業
」=「本願一実の直道、大般涅槃、無上の大道

この反対として
」=「無明煩悩の黒業、二乗・人・天の雑善
」=「二乗・三乗、万善諸行の小路

つまり
白道」=「能生清浄願心」=「金剛の真心を獲得する、本願力の回向の大信心海

と明言なされています。
更には『高僧和讃』

善導大師証をこひ
 定散二心をひるがへし
 貪瞋二河の譬喩をとき
 弘願の信心守護せしむ



と仰っています。
また『愚禿鈔』には


「念道」の言は、他力白道を念ぜよとなり。


ともあります。
どこを探しても「白道」は信後の他力信心のことであって、信前の求道心の意味は全くありません。

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高森会長がいつも書く横の線は二河譬の白道だと教えて、会員を信前の体験至上主義に陥らせている親鸞会。信後の他力信心を信前の求道心だと誤解させ、更にそれを三願転入の道だと間違った認識をさせています。本来存在しない道を示され、そこを通ろうとさせられているのですから、会員がいつまでも本願の救いにあずかれないのは当然です。救いに遇えないのは真剣に聞けていないからでも、三世因果の道理が徹底していないからでも、真実の自己が分かっていないからでも、後生に驚きが立たないからでも、真剣に善をしていないからでも、宿善が薄いからでも、信仰が進んでいないからでもありません。邪義を信じているからです。約束の一つも守れず、上層部からして仏様相手の求道をしているとは言い難い団体の教えにいくら期待してついていっても、ダメなものはダメです。「九十里は百里の半ば」と思って我慢しているのかも知れませんが、会員さんには横の線で言えば一里も進んでいないことに早く気付いて下さるよう願います。
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『後世物語聞書』を通しての真偽検証もこれで5回目ですが、今回も一段落の内容を通して親鸞会教義の誤りを見ていきたいと思います。【7】またあるひとのいはく、曠劫よりこのかた

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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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