「何が何でも三願転入の教えに結び付けたい」欲が更に加速している高森会長

『親鸞会邪義を破る』3月18日の学生大会での、高森会長による仏願の生起本末の説明
『安心問答』顕正新聞4月15日号を読むと、3月18日学生大会で高森会長の説明した「仏願の生起本末」の説明がもっとひどいものだった件

を読んでみますと、高森会長の「何が何でも三願転入の教えに結び付けたい」欲が更に加速しているようです。今、『安心問答』より親鸞会発行『顕正新聞』の法友通信を引用します。

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法友通信3/18学生大会「仏願の生起本末」を聞く

三願転入と二種深信 大阪府 会員

仏願の「生起」とは、私たち十方衆生が皆、煩悩具足の凡夫であること。この生起に疑いのなくなったのが「機の深信」と教えて頂きました。
「本末」とは、弥陀の18願が「本」であり、18願まで導くために19願、20願を建てられたのが「末」。本末に疑いがなくなったのが「法の深信」とお聞きしました。
「仏願の生起・本末を聞きて疑心有ることなし」とは、二種深信を教えられていると分かりました。
また、〝「仏願の生起・本末」に「疑心有ること無し」となるまで聞きなさい〟とのご教導は、三願転入のみ教えであったと知らされました。
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『安心問答』「仏願の生起本末」は、「生起を本から末」と読み替える高森会長(6月26日テレビ座談会より)

に紹介されているように、かつては「仏願の生起・本末」を「仏願の生起を本から末にかけて」と解説していた高森会長ですが、ここに来て更に教えが変更され、「仏願の生起・本末」の「本」が18願、「末」が19願、20願であると言い出しました。

『親鸞会邪義を破る』の管理人さんも相当憤慨されていますが、私も同感です。会員さんとしては、篤い高森信心の上に文章の一部分だけを抜き出した解説ですから「そうかそうか、驚きだ」と納得してしまっているのかも知れませんが、とんでもない珍説であり邪義です。まず、「仏願の生起・本末」とはどのお聖教のどこに書かれているお言葉なのか、というところから見てみましょう。
ご存じのように、それは親鸞聖人の主著『教行証文類』の「信文類」に出てくるお言葉です。「信文類」とは、親鸞会で使っている『真宗聖典』ではその標挙の文に

至心信楽の願 正定聚の機

とあり、次に書き出しとして

つつしんで往相の回向を案ずるに、大信あり。(中略)この心すなはちこれ念仏往生の願(第十八願)より出でたり。この大願を選択本願と名づく、また本願三心の願と名づく、また至心信楽の願と名づく、また往相信心の願と名づくべきなり。
(つつしんで往相の回向をうかがうと、この中に大信がある。(中略)この信心は念仏往生の願(第十八願)に誓われている。この大いなる願を選択本願と名づけ、また本願三心の願と名づけ、また至心信楽の願と名づける。また往相信心の願とも名づけることができる。)

というお言葉で始まっていることから分かるように、第十八願の解説、それによって得られる真実信心の解説、そしてそれを信受した正定聚の機についての解説であります。第十九願、第二十願の解説ではありません。

次に、その「信文類」の、本願成就文を解説されたお言葉の中に「仏願の生起・本末」という言葉が出てきます。直前の経・釈引文の中に

ここをもつて『大経』(下)にのたまはく、「あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。至心に回向したまへり。かの国に生ぜんと願ずれば、すなはち往生を得、不退転に住せん」と。

とあり、「その名号を聞きて」の「聞」についての親鸞聖人の自釈です。

しかるに『経』(大経・下)に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。

「聞其名号」の解説は、『一念多念証文』においてもなされています。

『無量寿経』(下)のなかに、あるいは「諸有衆生 聞其名号 信心歓喜 乃至一念 至心回向 願生彼国 即得往生 住不退転」と説きたまへり。「諸有衆生」といふは、十方のよろづの衆生と申すこころなり。「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。

このことから、

「仏願の生起・本末」=「其名号」

のことであり、

「仏願の生起・本末」を聞く=南無阿弥陀仏のいわれを聞く

ということが分かります。これが「聞其名号」の「聞」であるため、蓮如上人は南無阿弥陀仏のおいわれを『御文章』の至るところに書かれているわけです。19願、20願は関係ありますか? あるなら蓮如上人は『御文章』の至るところに19願、20願の勧め、つまりは自力諸善、自力念仏の勧めを説かれているはずですが、そんな勧めはどこにも見ることはできません。もし本願成就文の中に19願、20願が含まれるならば、それは三願成就文と言われるべきですが、そんなことを言っている者は親鸞聖人始めどなたもおられません。

このように、「信文類」とはどのようなものなのか、そして何を解説されたお言葉なのかということが分かれば、高森会長の解説はとんだ珍説であり邪義であることが一目瞭然でしょう。それを「真新しいことを聞いた、衝撃だ、驚きだ」と感動して有難がっている会員さんがいることが衝撃であり、驚きであります。
高森会長の解説は、こうして文章の中のごく一部を抜き出し、前後の意味を無視して組織運営に都合よくねじ曲げた解説がほとんどです。宿善はその典型例です。飛雲さんが仰っているように、親鸞会の邪義を発見し破るには御文の前後を読めばよいのです。このような親鸞聖人の教えとはかけ離れた邪義を聞き、あるはずのない「三願転入の道」とやらを通ろうとしている限りは、会員さんはいつまでたっても信心獲得はなりません。どうか邪説から離れて、本当の真宗教義を知って頂きたいものです。



【参照】
仏願の生起・本末についての詳しい解説は、『WikiArc』聞信義相をご覧下さい。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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