臨終まつことと来迎たのむことは、諸行往生のひとにいふべし。

本日も「浄土真要鈔」から、親鸞会流「三願転入の教え」の誤りを見ていきたいと思います。

【2】問うていはく、諸流の異義まちまちなるなかに、往生の一道において、あるいは平生業成の義を談じ、あるいは臨終往生ののぞみをかけ、あるいは来迎の義を執し、あるいは不来迎のむねを成ず。いまわが流に談ずるところ、これらの義のなかにはいづれの義ぞや。

 答へていはく、親鸞聖人の一流においては、平生業成の義にして臨終往生ののぞみを本とせず、不来迎の談にして来迎の義を執せず。ただし平生業成といふは、平生に仏法にあふ機にとりてのことなり。もし臨終に法にあはば、その機は臨終に往生すべし。平生をいはず、臨終をいはず、ただ信心をうるとき往生すなはち定まるとなり。これを即得往生といふ。

(中略)

しかれば、三毒の煩悩はしばしばおこれども、まことの信心はかれにもさへられず。顛倒の妄念はつねにたえざれども、さらに未来の悪報をばまねかず。かるがゆゑに、もしは平生、もしは臨終、ただ信心のおこるとき往生は定まるぞとなり。これを「正定聚に住す」ともいひ、「不退の位に入る」ともなづくるなり。このゆゑに聖人(親鸞)またのたまはく、「来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆゑに。臨終まつことと来迎たのむことは、諸行往生のひとにいふべし。真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚に住す。正定聚に住するがゆゑにかならず滅度に至る。滅度に至るがゆゑに大涅槃を証するなり。かるがゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし」(御消息・一意)といへり。これらの釈にまかせば、真実信心のひと、一向専念のともがら、臨終をまつべからず、来迎を期すべからずといふこと、そのむねあきらかなるものなり。


会員さんにはよく知っている御文がありましたので取り上げました。さて、ここでは平生業成の義と、来迎について述べられています。親鸞聖人の一流においては、平生といわず臨終といわず、ただ信心を得るその時に往生また定まるという平生業成の義であると教えられています。それに対して来迎とか臨終ということは、未だ真実の信心を得ていない、諸行往生を願っている自力の行者に言うことだというのです。
会員さんは、自分達は平生業成の教えを聞いているし、臨終来迎や諸行往生とは関係ないと思っているかも知れません。ところが、引用されている「御消息」を読んでみると関係ないとは言えない、それどころか大いに関係があるとお分かりになると思います。

来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆゑに。臨終といふことは、諸行往生のひとにいふべし、いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。また十悪・五逆の罪人のはじめて善知識にあうて、すすめらるるときにいふことなり。真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心の定まるとき往生また定まるなり。来迎の儀則をまたず。
 正念といふは、本弘誓願の信楽定まるをいふなり。この信心うるゆゑに、かならず無上涅槃にいたるなり。この信心を一心といふ、この一心を金剛心といふ、この金剛心を大菩提心といふなり。これすなはち他力のなかの他力なり。
 また正念といふにつきて二つあり。一つには定心の行人の正念、二つには散心の行人の正念あるべし。この二つの正念は他力のなかの自力の正念なり。定散の善は諸行往生のことばにをさまるなり。この善は他力のなかの自力の善なり。この自力の行人は、来迎をまたずしては、辺地・胎生・懈慢界までも生るべからず。このゆゑに第十九の誓願に、「もろもろの善をして浄土に回向して往生せんとねがふ人の臨終には、われ現じて迎へん」と誓ひたまへり。臨終まつことと来迎往生といふことは、この定心・散心の行者のいふことなり。(親鸞聖人御消息)


この親鸞聖人のお言葉について詳しくは臨終をまち来迎をたのむことは、諸行往生を誓ひまします第十九の願のこころなりに書きましたのでご覧下さい。第十九願とは、諸行往生、臨終来迎を誓われたものだと書かれているのです。平生業成の義を教えられた親鸞聖人が、第十九願を勧められるわけがないでしょう。『浄土真要鈔』の第二段では第十九願については触れられてはいませんが、言われていることは同じです。
『唯信鈔』などと同様に、親鸞会発行『教学聖典』に載っている御文の前後を読むと、親鸞会教義を否定するお言葉が多いことに気づきます。まぁ親鸞会の場合は、行が自力諸行とはほど遠い献金、勧誘、無条件服従が主ですから臨終来迎も期待できないのですが・・・。第十九願を勧める時点で平生業成の義、念仏往生の法門は影を潜め、諸行往生、臨終来迎の勧めになってしまいます。既に第十八願の救いを求めている人にとりましては、第十九願は還って廃捨されるべき権仮方便の教説であります。それを今だ拾って暫く用いている理由は、会員さんの信心獲得とは別にあると見るべきです。会員さんが平生業成の行人になれないのは、こうした間違った教えにその一因があることを知って頂きたいと思います。
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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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