仏の本願は、じっとしていないもので、私たちを招き呼びさまさんとして、私たちにせまっているものであります。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  五 聞名の生活

  

 他力とは如来の本願力であります。
 この自然は必然の義でありまして、善導大師は「必得」と申されています。この必得は自然とか必然というべきもので、外面的には偶然ですが、内面的には必然であります。
 仏の本願は、じっとしていないもので、私たちを招き呼びさまさんとして、私たちにせまっているものであります。招喚とは招き呼びさますことで、仏の御心は私の方から開かれません。仏みずから内より開き給うて、私たちを招き呼びたもうのであります。ここにおいて、私は、私を乗り超えしめられるのであります。これ一刹那の機によって、常住である法を開かしめられたのであります。つまり常住なる法において、機を見出したおどろきの一念でありまして、これがつまり一念帰命の信心であります。

(p.48~p.49)



招くとは、「こちらへおいで」と手招いているということです。喚ぶとは、一度だけ呼ぶのではなく、何度も何度も呼びかけ続けているということです。阿弥陀仏は私を本願の世界に呼び覚まさんとして、絶えず呼びかけ続けておられます。阿弥陀仏は、南無阿弥陀仏と成って私に飛び込んできて下さっているのです。
それが届かないとしたら、何か南無阿弥陀仏と私の間に障害があります。それは、他ならぬ私自身の計らいです。しかし、私の方からはこの障害は除かれません。如来の願力によってのみ除かれます。この障害を除こう除こうとしているのが自力に囚われている姿です。それで本願の仰せをあおがないようでは、追えども追えども捕まらない鬼ごっこの繰り返し。これには際限がありません。どうしたら助かるのかではなく、「必ず助けるぞよ」と聞くことが大切です。どうかこの「必ず助ける」本願を聞いて下さい。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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