気がつくことは千歳一遇であります。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  五 聞名の生活

  

 法は常住ですが、千歳の闇室はいまだ照らし出されません。気がつくことは千歳一遇であります。
 仏とは本願力のすがたであります。阿弥陀仏は本願の仏であり、報身仏と申されています。
 「帰命とは、本願招喚の勅命」と申されますのは、まさしく法において機を見出したおどろきをこのように申されるのであります。

(p.49~p.50)



ここでの千歳の闇室とは、煩悩が深く真如法性のさとりが開かれぬ我が心を言っているのだと思われます。この世ではさとりは開けません。さとりを開く身とさせて頂くのです。では何も気づかないのかというとそうではありません。本願力に遇うという千歳一遇の機会に巡り合えたことには気づかせて頂けます。
「我が真実なる誓願を疑いなく信楽して我が国に生まれようと願え」という力強い勅命が届いたその時、必ず仏に成る身に定まるのです。そして臨終一念の夕べに千歳の闇室は照らし出され、大般涅槃を超証するのです。であればこそ、「もつぱらこの行に奉へ、ただこの信を崇めよ」と仰せのように専ら本願を信じ念仏するのみです。

ちなみに、『飛雲』 『浄土論註』を読んだことがある訳ないにありますが、千歳の闇室の喩えは一念について説明されたものではなく、五逆罪と『観無量寿経』に説かれた十念との重さを比べられたものです。一念が時間の極まりであることを説明された上で、時間の長さという意味ではないと敢て否定されている御文もありますので、参照して下さい。
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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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