謹賀新年

こんにちは、松岡修造です(笑)
ウソです、淳心房です。今年もよろしくお願いします(^^)v

以下はかつての仲間達に、信心決定あれかしと念じて送りました。


――――――――――

昨年中は大変お世話になりました。この度は○○さんに是非とも報告したいことがあり、メールしました。
世間知らずでお粗末至極な私でありますが、27歳にして本願を信じ、念仏称える身にさせて頂きました。
まことに不思議の中の不思議であり、南無阿弥陀仏の他に何もない我が信心は、不可称不可説不可思議の信楽です。これもひとえに南無阿弥陀仏と、その南無阿弥陀仏が真実であることを伝えて下さった善知識方のおかげです。私の力などは一切役に立たず、全く南無阿弥陀仏による一方的な救いでした。

思えば、親鸞会とのご縁で私が親鸞聖人の教えを学ぶことができたのは実に意義深いことです。親鸞会と縁がなければ親鸞聖人の教えを学ぼうともせず、一生を空しく過ぎて、流転を重ねていたでしょう。今まで共に励まし合った○○さんは、御同朋・御同行です。もう既に救われているなら、共に専らこの行(念仏)に奉え、唯この信を崇めましょう。

けれど、まだ救われていないのなら一大事です。どうかただ今の救いに遇って下さい。「○○さんを仏にせずば、我も仏にならじ」と、自らの悟りをかけて阿弥陀仏は誓っておられます。寝ている時も、煩悩に煩わされている時も、24時間365日、果てしない過去から○○さん1人を助けるために動きづくめのお方が阿弥陀仏です。そんな真実大悲のお方を前に、またしても迷いを重ねたら申し訳ないでは済まないではありませんか。

大丈夫、今救う本願ですから、必ず救われます。それには何のようもいらず、ただ南無阿弥陀仏です。南無阿弥陀仏ほど尊く、力強いものはありません。今は私の言う事がわからないかも知れませんが、わかる時が必ずあります。どうかそれまで今の救いをあきらめず、南無阿弥陀仏一つに向かって下さい。

それにしても、定散二善の教えばかりが強調され、「善をしなければ信仰は進みませんよ」と教えられる親鸞会にとどまっていたら、私は19願の門前をうろうろするばかりで救われることはなかったと思います。信仰が進むとか進まないと論じている段階で、すでに救いは未来の事で今の救いではなくなっていることは、冷静に考えてみたらわかりませんか? 今回は18願、19願、20願の三願の行信因果を明らかにし、18願の救いを求める人に19願の善の勧めはおかしいことを根拠を挙げて示します。


●三願の行信因果

『親鸞会は』、「弥陀の19願から釈迦は因果の道理を教え、定散二善を勧められた。私達は定善二善を実行し、19願、20願の道を通らねば絶対に18願の世界へは出られない」と主張します。では、『親鸞聖人は』弥陀の19願から、18願の救いを求める私達に因果の道理を徹底し、定散二善を勧められているのでしょうか?
因果の道理は仏教を理解する上で大事なことですが、問題は私達が往生する行信因果です。これを正しく把握していなければ間違った行信に腰を下ろし、報土往生はかないません。

以下は、阿弥陀仏が十方衆生と誓われた三願の行信因果です。(教行信証参照)

☆18願の行信因果☆
願:至心信楽の願
行:選択本願の行(他力念仏)
信:至心・信楽・欲生の心
果:難思議往生(報土往生)


★19願の行信因果★
願:臨終現前の願
行:修諸功徳の善(定散二善)
信:至心・発願・欲生の心
果:雙樹林下往生(化土往生)

★20願の行信因果★
願:植諸徳本の願
行:善本、徳本(自力念仏)
信:至心・廻向・欲生の心
果:難思往生(化土往生)


報土往生する因果、化土往生する因果を親鸞聖人はこのように示しておられますが、きちんと心得られているでしょうか。

各願の行と証をまとめると以下の通りです。
18願ー他力念仏ー難思議往生(報土往生)
19願ー定散二善ー雙樹林下往生(化土往生)
20願ー自力念仏ー難思往生(化土往生)

何事にも因に応じた果があります。ここまで読めばもう分かると思いますが、親鸞会では、報土往生を願う人に化土へ往生する方法を勧めているのです。このように目的と手段がごちゃ混ぜになっているために、一生懸命活動しているにもかかわらず報土往生を遂げる身になれないのです。

「涅槃の真因は、唯信心を以てす。」(教行信証信巻)
「二善・三福は報土の真因にあらず。」(教行信証化土巻)

に明らかなように、定散二善では報土往生はできません。

それどころか、
「定散の善は諸行往生の言葉に摂まるなり」(末灯鈔)
「諸行往生は本願にあらず」(口伝鈔)

ですから、定散二善を勧める親鸞会は諸行往生であり非本願だと指摘されても何ら弁明の余地はないのです。

「『正』とは五種の正行なり。『助』とは名号を除きて已外の四種是れなり。『雑行』とは正助を除きて已外を悉く雑行と名く。此れ乃ち横出・漸教・定散・三福・三輩・九品・自力仮門なり」(教行信証化土巻)
(訳:正とは、五正行である。助とは、称名以外の四種である。雑行とは、正・助の行以外をすべて雑行という。これは、浄土門の中の自力である横出の教えで、長い時を費やす漸教であって、定善・散善や世福・戒福・行福の善を修め、三輩・九品のそれぞれの資質に応じて行を修める自力方便の教えである。)
とあるように、親鸞聖人が報土の因ではなく、横出の教えであり、救われるまで長い時を費やす漸教である定散二善を勧めていないのは当然です。

このお言葉の直後に、
「『横超』とは、本願を憶念して自力の心を離る、専修とは唯仏名を称念して自力の心を離る、是を『横超他力』と名くるなり。斯れ即ち専中の専、頓中の頓、真中の真、乗中の一乗なり。斯れ乃ち真宗なり」(教行信証化土巻)
(訳:横超とは、阿弥陀仏の本願を信じて自力の心を離れることであり、これを横超他力という。これは、専修の中の専修であり、頓教の中の頓教であり、真実の中の真実であり、一乗の中の真の一乗である。これが真宗である。)
と仰っていますから、親鸞聖人が自力仮門である19願を勧めず、横超の教えであり、一念で救われる頓教である18願を勧められているのは明らかです。

こう言うと、「いや、ド真剣に善をやらねば信仰は進みません」と三願転入の御文や御和讃を根拠に諸善の必要性を主張するでしょうが、それは間違いです。
まず三願転入の御文についてですが、親鸞聖人は善知識方のお導きによって久しくとどまっていた19願から「出て」「離れ」たのであって、善知識方のお導きによって19願に入って善に励み出したのではありません。後で示しますが、親鸞聖人の直接の善知識である法然上人は往生のための善を廃しておられますから、聖人が定散二善を実行されるはずがありません。
次に3首の御和讃についてですが、親鸞聖人はこれらの御和讃を詠まれる前に頭註をご自身の手で書かれており、それは以下の通りです。

「十九(じゅうく)の願のこころ、諸行往生なり」

至心・発願・欲生と
十方衆生を方便し
衆善の仮門ひらきてぞ
現其人前と願じける

臨終現前の願により
釈迦は諸善をことごとく
『観経』一部にあらはして
定散諸機をすすめけり

諸善万行ことごとく
至心発願せるゆゑに
往生浄土の方便の
善とならぬはなかりけり


19願は「修諸功徳」と誓われた願ですから、諸善が勧められているのは明らかです。しかし、それは「臨終現前の願」「現其人前と願じける」とあるように、19願の通りの行信を実行できたとしても結果は臨終来迎・化土往生です。頭註にあるように諸行往生を言われたものですから、報土を願う私達に勧められたのではありません。19願とはどんな願なのかということ、19願からお釈迦様は観経の「顕説として」定散二善をすすめられたこと、しかしその結果は臨終来迎・化土往生であることなど、「19願について」説明されたのが、大経讃の中の3首のご和讃です。そして、親鸞聖人は「18願に立たれて」同じく「浄土和讃」で観経の「隠彰の義のこころ」を、

定散諸機各別の
自力の三心ひるがへし
如来利他の信心に
通入せんとねがふべし


と仰り、「観経顕説にあたる諸機格別の自力の三心」を捨てて他力の信心の世界に入りなさいと明らかにされています。

法然上人は有名な三選の文で、
「はかりみれば、それすみやかに生死を離れんと欲はば、二種の勝法のなかに、しばらく聖道門を閣きて選びて浄土門に入るべし。浄土門に入らんと欲はば、正雑二行のなかに、しばらくもろもろの雑行を抛てて選びて正行に帰すべし。正行を修せんと欲はば、正助二業のなかに、なほ助業を傍らにして選びて正定をもつぱらにすべし。正定の業とは、すなはちこれ仏名を称するなり。名を称すれば、かならず生ずることを得。仏の本願によるがゆゑなり。」(選択本願念仏集)
と仰っています。

「すみやかに生死を離れんと欲」う人に、法然上人は聖道門や要門の実行をすすめることなく、18願一つをすすめられたのです。これが『早く弥陀の救いを求める人』に対するお勧めだからこそ、「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」とよき人(法然上人)の仰せを被りて信ずるほかに別の子細ない親鸞聖人は、このお言葉を「教行信証行巻」に引用され、「尊号真像銘文」では一句ずつ解説されたのです。
親鸞聖人が私達に勧められているのは、総序の文に「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ」と仰っているように「18願を聞け」ということです。
「熱心な聞法」を親鸞会は勧めますが、何を聞くかが大事です。それは「18願、南無阿弥陀仏のいわれ」です。
19願・20願は18願まで進む手段としてではなく、化土を誡め、報土を勧めるための対比として教えられたということをよくよく知って頂きたいと思います。



今回は長くなりましたので、これで終わりにしたいと思います。私のメールに対する見解があったらきかせて下さい。他の会員に知られたくなければそこはちゃんと守りますのでご安心下さい。
終わりに一言。今救う本願ですから、諸行諸善に心をとどめず南無阿弥陀仏一つと向き合って下さい。
お体、大切に。
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謹賀新年

はじめまして。いろいろなブログでの鋭いコメント、しっかりと味わわせて頂きました。ブログ開設おめでとうございます。

「今年こそ」ではなく「今、ここ、私」と御本願を受け止めさせていただきたいものです。

本年もよろしくお願い致します。

>カウフマンさん

読んで下さり、ありがとうございますm(__)m

ハトの会のブログ読ませて頂きましたが、鋭く厳しく指摘がなされていますね。

それでいて間違いとなると素直に非を認める姿勢。

どっかの会も見習ってほしいですわ(苦笑)偽者


自信教人信でないと、自信をもって答えられない質問もありますから、まずは我が身の信を決定して下さい。その上で人に伝えて語れば仏恩になります。

一日も片時も急いで安心決定して、今度の一大事の往生をよくよく遂げて下さい。
吸う息は入るを待たぬならいです。

私もこの覚悟で伝えるべきことを伝えていきたいと思います。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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