謹賀新年(2013年)

去年も謹賀新年と題して記事を書きましたが、それももう1年前。何だか1年経つのがとても早いと感じる今日この頃です。自分ももういい年だな・・・とも感じています。というわけで(どういうわけだか)今年もよろしくお願いします。


昨年、親鸞会はかつての公約を破って『飛雲』との公開法論に応じませんでした。法論を申し込まれて以降、親鸞会の沈黙は9ヶ月以上に及んでいます。
書面で法論を申し込んだら、”検討する”だそうです顕真「ひと口問答」終了?のお知らせ等参照)

また、5月に「群敵に斬り込む剣士たれ」という高森会長の“御教導”が出されました。そこで私から10人ほどの親鸞学徒の皆さんに法論の申し込みをしてみました。会長先生の“御教導”に従う会員がどれだけいるかと期待していましたが、親鸞会サイドからすれば群敵であるはずの私に斬り込んで来る親鸞学徒は、結局のところ講師部員含めて一人もありませんでした。返信をくれた会員はありましたが、その方ともその後一回連絡して以降、返信のないまま今日に至っております。
弘宣局長へメール送信のお知らせ親鸞学徒の皆さんに法論の申し込みをしました返信のない学徒の皆さんには以下のメールを送信しました等参照)

「破邪顕正することを使命と致します」
「破邪顕正せざる者は仏弟子にあらず、仏法中の怨なり」
「親鸞学徒は群賊悪獣の群敵に斬り込む剣士でなければならぬ」


などと威勢のいいことを散々喚いていながら、実態はご覧の通りです。使命は放棄する、善知識の仰せに無条件服従しなければ助からないと教えられているのに御教導を実行しない、会長を始めとして、親鸞会の会員は一体何なんでしょうね? 会員は後生助かろうという気があるんでしょうか。自分の身を置く組織や教えの是非をちゃんと確かめようともせずに間違いないと信じ込み、内輪だけで仲良く求道ごっこしていればそれで満足なのでしょうか。こんな会員ばかりでは、明日の後生を切実に考え、どうすれば助かるかと悩んでいる人がどんどん辞めていくのは道理でしょう。


今や親鸞会は教義の誤りを徹底的に暴かれています。そして教義の誤りを暴く「群敵」に対して法論を挑むことすらできず、逆に挑まれると無視、逃げの手しか打てません。また、仏具の販売を始めたり、安心弁当の支店を作ったりと手広く事業を展開し、着々と事業仏教化しています。親鸞会が単なる真宗まがいの新興宗教に過ぎないことは、もはや誰の目にも明らかでしょう。
ところで、事業を支えているのは、もちろん事業による利益ではなく会員からのお布施であります。月に数回賑わうどうかの箱モノや店を次々建てて、それらの維持や管理を事業利益で賄えるわけがありません。素人が思いつきで建設、経営しているわけですから、赤字続きであることは想像に固くありません。それを会員からのお布施でカバーしているわけですが、20年、30年、40年と続けてきた会員が次々に会を見限り、ネット社会となって大学での新入生勧誘もますます難しくなっている昨今です。いつまでそんなことが続くでしょうか?
現在の年金制度は、急速に進んでいる少子高齢化により、一人の高齢者を複数の労働者が支える神輿型から、三人で一人の高齢者を支える騎馬戦型の時代を迎えつつあり、更には一人が一人の高齢者を支える肩車型になってしまうと言われています。親鸞会も黎明期や成長期の時代には、親鸞会という神輿を活気ある者たちが支えておりましたが、著作の剽窃や教義の誤りが明らかになるにつれて次々と活気ある担ぎ手がいなくなっています。その結果一人一人にかかる負担は大きくなって、何かにつけて募財ということが増えています。アニメの中で、日野左衛門の友人が「この前は本堂の建て替えで、今度は庫裏じゃ。何だかんだと取りよる」というようなことをこぼしていましたが、それと同じことを親鸞会はやっているのです。口には出さなくても「またか」と思ってしまう会員さんはけっこう多いのではないでしょうか。一方で、神輿の方は事業を手広く展開しているせいで重くなるばかりです。これでは「さすがにおかしい」と調べて辞めていく会員が絶えないのは当然です。
それで可哀想なのが、おかしいことに気づかない人、おかしいとは思いながらも後戻りできずに残ってしまう人です。これらの人達は、今後ますます厳しい負担を強いられていくことでしょう。それも健気なことに、高森先生が与えて下さった勝縁だと信じ込んで進んで負担しに行くかもしれません。しかし、いくら親鸞会のために費やしても往生・獲信のプラスにもマイナスにもなりません。それを、活動し続けていけば横の道を進んで縦の線に辿り着く、つまり獲信のプラスになると信じているのは、典型的な自力の信心です。私と縁があった会員さんの中にも該当者が多く見受けられますので、何とか気づいてもらいたいものです。

親鸞会への導入部分の話、『なぜ生きる』で言えば第一部の話が確かにそうだからという理由で、親鸞会は真実を説く団体だと決めてかかるのは早計です。人間苦悩の有様が言われる通りであるということが、親鸞会で説かれる救いの法が正しい親鸞聖人の教えであるという証拠にはなりません。根拠を挙げて話をするから高森先生は正しい、というのは早合点です。たいがい挙げた根拠の前後を読めば、高森会長の主張は親鸞聖人の教えではないことが分かります。
会員の皆さんは、今まで長期間に亘って構築されてきた高森信心があるために、私や他の批判者が言っていることが今は分からないかもしれません。ただ親鸞会側も批判者側も、拠り所とするものは共に経典や真宗の祖師方のお聖教であるはずです。ならば、どちらが経典やお聖教に沿った解釈をしているか、どちらが無理な解釈をしているか。当ブログをご覧の貴方が会員さんであるなら、この機会にぜひ検証して頂きたいと思います。不安や痛みは伴うかも知れませんが、新年の幕開けが、新しい発見、転換の機会になってくれたらと思います。そして願わくは、親鸞聖人の仰せに従い、本願を信じ念仏する行者が現れることを。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


【参考ブログ】
『飛雲』
『親鸞会教義の誤り』
『親鸞会の邪義を正す』
『安心問答』
『宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)へ』
『元会員から見た浄土真宗親鸞会』
『親鸞会邪義を破る』
『苦笑の独り言』
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阿弥陀仏の本願を聞かせていただきありがとうございます。なかなか、南無阿弥陀仏の心がわからいのですが、今年も浄土真宗の教えを聞いていこうと思っています。 よろしくお願いいたします。

>さる様

こちらこそよろしくお願いします。

簡単に申しますと、「さるさんが往生成仏する用意は既にこの弥陀が整えた。疑いなく思い計ることなくこの弥陀に任せてくれ。必ず助けるぞ」ということです。この弥陀の力強い仰せを、すなおに、そのまま聞く。後生を弥陀にお任せするのみです。

さるさんが既に親鸞会の邪義から離れた方でしたら、当ブログでは
『浄土真宗 信心』
『真宗の教義と安心』
『親鸞の世界』
などのカテゴリをご覧下さい。

ありがとうございます。参考にさせていただきます。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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