「弥陀タノム心は、弥陀の心にて、われと計らうことなかりけり」が、味わわれるのであります。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  八 信心をいただく

  一一

 「助けるぞ」の、および声を、ほんまにさせてもらうのです。しかも、この私一人のためのおよび声と、いただくのです。
 このおよび声に向って、お領解させてもらうのです。これが信心です。
 つまり、および声、「助けるぞ」を、「はい」と、頂いたのです。「浄土へ参らせるぞ」を、「はい」と、頂いたのです。

  一二

 私たちは、無常の風に誘われて、死んでゆきます。死ぬる気になれと言われても、そうはなれません。どうなるのか。
 「いづれ一度は、行かねばならぬ」。
 これでよいのです。
 いづれ一度は、行かねばならぬ。これは、のがれられぬ、ことであります。

  一三

 だれもみな、御廻向の御領解です。
 法然の信心も、この親鸞の信心も、貰うた領解は同じものです。同じ御廻向の御領解です。
 および声を「頂く心」までが、仏の御廻向の心です。「お助けありがたや」と、思う思いは、如来より廻向された上は、私の思いです。
 私には、元来、この思いはありませんが、仏智来って、すべてが私のものとなって下さるから、私の思いであります。
 つまり、仏智のはたらくままが、私の思いです。
 そして、そう思う心は、凡夫の心であっても、そのままが、仏智に融け合うた上は、全く、仏の心です。

  一四

 「およびごえ」を頂く心は、心の体は、私の心であっても、そのまま、仏智に融け合うて、思わせて頂くのでありますから、私と離れておりません。また、仏智に融け合うた上は、凡夫の心のままが、仏の心ですから、思う心のありだけが自力ではありません。
 「弥陀タノム心は、弥陀の心にて、われと計らうことなかりけり」が、味わわれるのであります。


(p.79~p.81)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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