【コメント】ゆっくり読んで反論を考えてね☆(3)

【コメント】ゆっくり読んで反論を考えてね☆(2)の続きです。本日も頂いたご意見を紹介させて頂きます。





匿名様より

 もう、教えを伝えることよりも、会を守ることしか、存続させる事しか頭に無いと思います。邪魔のこと、面倒なことは、無視して、とにかく、建物を維持させる、職員の給与を支払うこんな事に汲々としているのでしょう。
 法論している余裕などないのです。
 倒産寸前の会社に似ていると思いませんか?
 某ブログで、会計報告をして欲しいと、しょっちゅうコメントしている人がありましたが、出来ないからしないのです。それと同様、反論できないから、しないのです。
 自分たちの生活を維持するために余分な法論(余分ではない)は出来ません。
 また、間違いが、明らかになり、どんどん傷口が広がって、嫌気がさした会員がやめては困るのです。
 教えを伝える宗教団体としての機能が働かなくなり、麻痺してしまっているのです。
 でも、人とのつながりが心地良い、今、助かろうと考えない人達は、仲良しクラブに、波風立てる行為は許せないだけです。



私もそう思います。

かつての仲間達からは今救われたいという気持ちが感じられず、居心地のよさ、また他に行くあてもないために親鸞会に残っているとしか見えません。

高森顕徹著『光に向かって123のこころのタネ』64ページには、

「真実わかったら、邪に必ず疑問が湧く。」

と書かれていますが、いつものようにこれも言葉だけです。

「真実知らされました」、「知らされた真実を有縁の人に伝えます」と会員の人はいいますが、言葉だけで、実態は思考停止しているだけです。

だから会員から見て、私のような都合の悪い邪は無視するしかありません。そして、上司の命令にだくだくと従っているだけなので、疑問は湧いてきようがありません。

「今の救いとはいうけれど、自分は横の軌道にも乗っていないと感じる。果たして自分は今どころか、今生死ぬまでに助かるのだろうか?」

「『一切衆生必堕無間』は経典に根拠がない。なぜ高森先生は、経典に説かれているように書いているのだろう?」

「『若不生者』の解釈について、信楽に生まれると親鸞聖人は仰っていない。『尊号真像銘文』『唯信鈔文意』等によれば、信楽をえた人を極楽に生まれさせるという解釈だ。なぜ高森先生は信楽に生まれさせると説明されるのだろうか?」


などなど、素朴な疑問はありませんか?

かつて私はこれらの問いと真剣に向き合わず、「とにかく聞き続けるしかない」と片付けて、大分無駄な時を過ごしました。

そういう無駄と思える時間がなければ私はわからなかったのかも知れませんが、「皆も思考が動きだすまで放っておくしかない」などと悠長な事は言っておれません。

もう今年も2ヶ月が過ぎ、こうしている間にも刻々と無常が近づいています。

会員の皆さんには早く正常な思考を取り戻し、自分の救いを真剣に考えて、教えの真偽を検証して頂きたいと思います。





ぺんぺん草様より

【ブログはやってません】

淳心房様へ

(特専部員の先輩とのやりとりは)ブログなどにはアップしていません。する予定も今のところありません。
児玉学友部長と学生会員との法論がブログにアップされたとき、
児玉学友部長はメールでのやり取りを、急に止めだしました。
そういうことをされては、意味がないので、ブログにアップするつもりは今のところありません。

議論の流れや親鸞会側の主張を、コメント欄に述べることならできます。



児玉学友部長と学生会員との法論とは、

若不生者の「生」は、なぜ「信楽に生まれる」なのか

のことでしょうか?

まだ読んだことのない人は読んでみて下さい。児玉学友部長が一方的に論戦を放棄しております。途中経過を見ても論戦の仕方がひどいです。

親鸞会を批判してくる者は公の場で説法できないなどと親鸞会側は主張するのですが、現実はどうでしょうか。

・正本堂は、会員なら名札とバッジ、未会員なら支部長や担当講師の許可を得て名札をつけた者でなければ入場、聴聞できない。

・テレビ座談会は、親鸞会館に参詣した会員であっても講師部員や特専部員などの限られた人しか直接聞くことができない。

・公開討論をすると都合が悪いのか応じなかったり、一方的に論戦を放棄したりする。



まことに「土蔵秘事」ならぬ「正本堂秘事」であり、せっかく本部に参詣した会員さえ寄せ付けない所は親鸞聖人とは正反対です。

親鸞聖人は刀をかざして殺しに来た弁円に対してさえ、数珠一連持たれて無造作に向き合っておられます。

歎異鈔第二章を拝読すると、命懸けで聞きにきた同行に対する親鸞聖人のお答えは、まさに真剣勝負をしているような臨場感を覚えます。

親鸞聖人は関東から身命を顧みずにやってきた同行達に対して、壁越しや障子越しでお話をされたと思いますか? 関東の同行とまでいかなくても、直接訪ねて来られた方にそんな応対をされたでしょうか? 普通に考えればおかしいとわかるはずです。


また、公開討論に応じないのは教えに自信のない現れです。所詮は盗作と寄せ集めの教義ですから、ドグマに染まっていない人が聞いたら明らかに教義の矛盾点が分かってしまいます。


ぺんぺん草様のやり取りが中途半端に途絶えてしまっては申し訳ないので詳しいことは聞きませんが、流れや相手の議論の仕方は公開できる範囲でぜひ教えて頂きたく思います。またどうぞコメント下さいませ。
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非公開コメント

No title

何とかわかってもらいたい、伝えたいというお気持が伝わってきます。
 勿論、煩悩具足で罪悪は止まらない、無常は迅速、だから、死んだら、また六道輪廻の苦しみを受けねばなりません。
 
 救われた人にとっては、至極当たり前の事なのでしょうが、そうでない人には、ピンとこないのでしょうね。
 ただ今救われる本願、と聞いても10円貰ったより喜べない、今晩死ぬかもしれないと、頭では考えても、いつまでも生きているつもりです。

 教えが間違っている事にも気がついている人は多いと思います。
 会の組織が無茶苦茶な事も織り込み済みでしょう。

 問題は、それなのになぜ、会から離れない、ほかを探すか、自分で求めないか
 ここにあると思います。
 1年以上、教え、組織の問題点を指摘し続けましたが、家族は未だに、会に留まっています。
 
 この人達には、教えが間違っていようと、カルト宗教団体であろうと構わないのかと思うようになりました。
 真偽検証と正しい、間違いは一番大切ではありますが、相手が今、何で間違いを認めながらも、おかしな団体に属しているのかそこのところをお互い考えていったほうがいいのではないかと思いました。

 押しても駄目なら引いてみる

 自分が何をしたいかでなく、相手が何を考えているかを探りつつ、相手に合わせていくような事や考え方も、時には必要ではないかと思います。
 もちろん何もしないで見て、ただ待っているいるのではありません。
 北風と太陽のたとえなら、両方の方法をを試行錯誤していくことも大事ではないかと、経験上思います。差し出た事とお感じになるなら申し訳ないことですが。

 

議論の一部

淳心房様へ

「児玉学友部長と学生会員との法論」というのは、お示しの通り、
”若不生者の「生」は、なぜ「信楽に生まれる」なのか”のことです。
http://nyakufushouja.blog115.fc2.com/

今回の記事中にあった、
「『若不生者』の解釈について、信楽に生まれると親鸞聖人は仰っていない。『尊号真像銘文』『唯信鈔文意』等によれば、信楽をえた人を極楽に生まれさせるという解釈だ。なぜ高森先生は信楽に生まれさせると説明されるのだろうか?」
これと同様の質問を、特専部員に聞いてみました。
『尊号真像銘文』『唯信鈔文意』のお言葉をそのまま読めば、「若不生者」の「生まれる」は、極楽に生まれさせるという意味ではないのか?と。

それに対する特専部員の意見を書きます。
・そのまま読めば、「若不生者」の「生まれる」は、極楽に生まれさせるという意味になることは、認める。
・しかし、親鸞聖人のみ教えには、そのまま読めば誤解するような文章がたくさんある。(念仏称えたら往生極楽、というような)
・だからこそ、一つ一つの文章で理解するのではなく、教えそのものを理解しないとならない。
・その教えのもととなるのは教行信証であり、そのもとは本願成就文。
・その本願成就文で「若不生者」にあたるのは「即得往生住不退転」。
・親鸞聖人は「即得往生住不退転」を正定聚になることだと解釈している。
・正定聚になることと、信楽の身になることは同じ。
・だから、「若不生者」の「生まれる」は、信楽の身に生まれること。

これは議論で出てきた意見の一部です。
半年以上も議論をしていますので、すべての内容を書くのは難しいです。機会をみて、少しずつコメントします。

>ぺんぺん草様

相手側の主張を送って頂き有難うございます。
一読し、この特専部員は典型的な高森学徒であることが分かりました。

親鸞聖人の解釈に従うのが親鸞学徒だと思います。

しかし、お聖教をそのまま読む以外にどのような読み方があるのですかね?
親鸞聖人の上に立っていないとああいう発言は出てきませんが…
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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