「たすけるぞ」を、「おありがとうございます」と、頂いたのです

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  一0 「たすけるぞ」の仰せを、「はい」と、頂いたのです

  一八

 「たすけるぞ」を、「おありがとうございます」と、頂いたのです。

  一九

 お前を「たすけてやるぞ」を。「はい」、「おありがとうございます」と、頂いたのです。「ようこそ、ようこそ、おありがとうございます」です。

  二〇

 お前を、「たすけてやるぞ」を、「はい」、「おありがとうございます」「お助け下されませ」です。
 ようこそ、ようこそ、しかありません。

  二一

 「たすけるぞ」の仰せを、そのまま、すなおに「はい」と、頂いたのです。
 「そのまま来い、かならず、たすけてやるぞ」の仰せを、つづめられたのが、「たすけるぞ」であります。
 その「たすけるぞ」の、仰せを、そのまま、すなおに、「はい」と、頂いたのであります。「たすけるぞ」の、仰せを、すなおに「はい」と、頂いたのです。それが信心であります。
 そのとき、お浄土へ参ることが、きまったのです。そのあとは、「参らしてもらう」と、思うて、称名相続させて、いただくのであります。これだけであります。

  二二

 つづまるところは、「たすけるぞ」の仰せを、すなおに、「はい」と頂いたら、それでよいのです。「たすけるぞ」を、すなおに、「はい」と、頂いたのです。それが、信心であります。これだけであります。
 「たすけるぞ」を、「はい」、「おありがとうございます」と、頂いた、のであります。
 「お前を、たすけてやるぞよ」。「はい」、「おありがとうございます」と、頂いたのであります。




ともすると自力の計らいある間は「どうしたら助かるか」ばかり考えてしまいます。それではいけません。
「どうしたら助かるか」ではなく、「助けるぞ」を聞くのです。
もう一度言います。「どうしたら助かるか」ではなく、「助けるぞ」を聞くのです。これしかありません。
凡夫の考えは向きが反対なのです。こちらが「どうしたら・・・」ではなく、あちらの仰せを聞くのです。

また、聞くと言っても、こちら側が一生懸命になって聞きさえすればいいというのではありません。
阿弥陀如来さまの方から聞こえて下さるのです。
こちらが一生懸命になっているのを阿弥陀さまにぶつけるのではなく、あちらが一生懸命になって私達を救おうとなされている、そのご苦労を聞かせて頂くのです。

「助けるぞ」を「はい」と頂いたら、それでよいのです。後は、「参らせてもらいます」と思って、称名相続です。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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