まちがいない「タスケルゾヨ」を、そのまま、すなおに頂けば、よいのです。それが、信心です。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  一一 仰せを頂く


  

 釈迦如来様のおさとしであります。
 「『タスケルゾヨ』の仰せを、すなおに、いただいたら、それでよい。お浄土へ参らせていただきます。」と。
 つまり、仰せを頂けば、みな浄土へ参らせて頂きますのです。

  二

 鮮妙和上のおさとしです。
 「タスケルゾヨ」を、「はい」と、頂いたら、「お浄土へ、参らせて、いただくのです。うたがい、あやぶむことは、ありません。きっと、お浄土へ参られます。」と。
 まことに、ありがたい、おさとしであります。

  三

 つまり、「タスケルゾヨ」を「はい」と頂いたら、それでよいのです。ただ、「はい」と、頂くばかりです。
 「タスケルゾヨ」の仰せを、「はい」と頂いたそのときに、お浄土へ、参ることにきまったのです。
 「タスケルゾヨ」を「はい」と頂いたら、それでよいのです。まちがいない「タスケルゾヨ」を、そのまま、すなおに頂けば、よいのです。それが、信心です。

  四

 私は、地獄へ堕ちますが、必定の身でありますが、如来さまは、この私を救おうと待っておられるのであります。
 その「タスケルゾヨ」を、ただ、「はい」と頂いたら、それでよいのです。
 私は、死ぬるときのことを案ずることはありません。阿弥陀さまは、私が堕ちてはならないから、堕ちないように、南無阿弥陀仏で、浄土へ参らしてやろうとの、まことの仰せであります。
 ぐず、ぐず、することも、考えることも、いりません。ただ、「タスケルゾヨ」を、「はい」と頂くばかりであります。


(p.131~p.133)


信心を頂くとか、信心獲得するというと、何かものを貰ったり、あるいは確固たる信念のようなものが芽生えると想像したりするかも知れません。それは間違いです。
如来の仰せにそのままお順いしたこと、「南無とたのめ、阿弥陀仏の必ず助けるぞ」を計らい無く聞き受けたこと、それを信心を頂くとか、信心獲得と申すのです。信心を「頂く」というので、「頂こう、頂こう」と物乞いをするように聞く気持ちが出るのも無理ありませんが、そこを誤解なさらぬようにして頂きたいと思います。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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