私の罪の重いことは、心にかけず、ただ、信心ひとつで、お浄土へ参らせて頂くのです。これが、真宗でございます。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  一二 信心ひとつで、お浄土へ、参らせて、もらいます


  

 つまり、この「おたすけ」を頂いたのが、信心でありますから、そのうえに、よろこばれるとか、よろこばれないとかの心配はいらないのであります。ただ、思い出したそのときに、御恩報謝の称名をよろこべばよいのであります。

  八

 しみじみと、よろこばれるのは、阿弥陀さまのお慈悲のおはたらきです。よろこばれないのは、私の煩悩のさわりでございます。

  九

 ただ、「お浄土へ参らしてやろう」との、阿弥陀さまの仰せを、「はい」と、頂いたらよいのです。その頂いたときには、はや、私がお浄土へ参らして頂くことが、きまったのであります。

  一〇

 よろこびのあまりに、いろいろと思いますが、私の煩悩のために、充分によろこばれません。それを無理に、よろこべというのではありませんが、思い出したときに、よろこべばよいのです。しかし、よろこべないのは、煩悩のしわざであると云って、どうでも、よいのであると、なげやりにしてはなりません。

  一一

 自分の力で、できるだけは、よくやり、出来ないことは、無理にしなくてもよいのです。自分で、できるだけ、報謝の称名を、させていただくのです。出来ないからと云って、捨てて、しまってはならないのです。いつも心にかけさせて頂いて、もし、充分に称えられないことがあれば、このくらいしか出来ないとは、なさけないと、思いなおして頂いて、「お浄土へ参らして頂くとは、ありがたいことである」と、それが、すぐに、お恥かしいという心となり、また、それが、御恩を思い出すご縁となって、ゆくのです。つまり、慚愧と、感謝のよろこびとが、縄のように、つづいてゆくことになるのです。

  一二

 これまで申しましたことを、ここで、まとめてみます。つまり、私の罪の重いことは、心にかけず、ただ、信心ひとつで、お浄土へ参らせて頂くのです。これが、真宗でございます。


(p.145~p.147)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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