三千世界、ただ一つの、おまことが、「たすけるぞ」の仰せであります。これだけが、おまことであります。これが、阿弥陀さまの十劫このかたの「おいのち」であります。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  一三 信心を獲る


  一三

 鮮妙和上は、申されます。
 「たすけるぞ」の仰せを、「はい」と頂きましたら、私は、お浄土へ参らせて頂くことがきまったのです。それで、きっと、参られます。
 「たすけるぞ」を、「はい」と頂きましたら、それでよいのです。弥陀の「たすけるぞ」の、および声で、お浄土へ参らせて頂くのです。

  一四

 「たすけるぞ」が、本当に頂かれたとき、私は、お浄土へ参らせて頂くことが、本当になったのです。

  一五

 この世は、ほんまのところ、いやです。しかし、生きているかぎり、何とか、しんぼうして、人様とつきあって、ゆかねばなりません。ここに、どうあっても、私は生きてゆかなければならないことが一つあります。それを、これから、少し申してみます。

  一六

 この私の人生は、これだけです。
 つまり、「たすけるぞ」を、すなおに、「はい」と頂いたのです。そして、いつも、かつも、「なまんだぶ、なまんだぶ」です。これだけです。
 これを、私が頂いたということは、人生の最高です。これで、死んでゆけます。

  一七

 私の毎日が、「参らせてもらいます」、「参らせてもらいます」と思うて、生きております。いつも、かつも、お浄土、お浄土です。お浄土しかありません。お浄土、お浄土と、口づさんで、お浄土へ参ることを、楽しんでおります。

  一八

 南無阿弥陀仏は、「たすけるぞ」の「およびごえ」です。三千世界、ただ一つの、「おまこと」です。その外は、すべて、虚仮です。「おまこと」は、「たすけるぞ」、これだけです。
 いつも、いつも、「なまんだぶ」「なまんだぶ」です。「なまんだぶ」は、楽しいです。

  一九

 「たすけるぞ」の仰せを、すなおに、「はい」と頂いたのが、信心です。そのとき、私は、助けられまして、お浄土へ参らせてもらうことになったのです。つまり、「私は、お浄土へ参ることになった」のです。
 そして、その後は、「参らせてもらいます」と、思いながら、称名です。
 人生の最後も、「参らせてもらいます」と、思いながら、息を切るのです。息の切れたときが、お浄土です。

  二〇

 三千世界、ただ一つの、おまことが、「たすけるぞ」の仰せであります。これだけが、おまことであります。これが、阿弥陀さまの十劫このかたの「おいのち」であります。


(p.159~p.163)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード