「参らせてもらう」、「参らせてもらう」と、毎日、思うて、よろこぶのです。毎日、「なまんだぶ、なまんだぶ」です。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  一三 信心を獲る


  二一

 とにかく、私は、この世に出させて頂きまして、まず、思わして頂かねばならないことがあります。それは、「お浄土へ参らせて頂きとうございます」と、思わせて、頂くのです。これは、義務であります。
 光瑞上人は、これを、大切に、教えて下さいました。「たすけるぞ」を「はい」と頂きますと、「お浄土へ参ることになる」ということです。ありがたいことです。人生の最後も、「参らせてもらいます」と思いながら、息を切るのですということも、光瑞上人のおさとしであります。

  二二

 私は、「たすけるぞ」を、「はい」と頂かせてもらいましたことほど、幸せは、ありません。私は、まちがいなく、かならず、お浄土へ参らせて頂くのです。お浄土へ、参る身にさせて頂いたので、ございます。

  二三

 阿弥陀さまが、「おまえ」を、「かならず、たすけてやるぞ」と、十劫以来、呼びづめです。「それを、すなおに、頂かせてもらいますので、私は、かならず、まちがいなく、お浄土へ参らせて頂きます。」これだけは、まちがいありません。見たこともないお浄土ですが、私はただ、「たすけるぞ」、つまり、「お浄土へ参らせる」のお言葉を、「はい」と、頂いておりますだけです。これで、充分です。親が、「東京へつれていってやる」と申しましたら、子の私は、東京は、どこにあるやらも知りませんが、「つれていってやる」との、親の言葉を、「はい」と頂いているばかりです。それで満足です。私には、それしか、ありません。それで、見たことのない「東京へ行くのです」と、いつも思うて、よろこぶのです。それが、「たすけるぞ」を「はい」と頂いたことになるのです。
 「たすけるぞ」と、私に、仰せられるのです。それで、「はい」と頂きましたら、お浄土へ参らせて頂くことになったのです。
 「参らせてもらう」、「参らせてもらう」と、毎日、思うて、よろこぶのです。毎日、「なまんだぶ、なまんだぶ」です。

  二四

 「たすけるぞ」は、お浄土からの御声であります。
 その「たすけるぞ」の御声を、「はい」と頂いたのです。これだけです。それだけで、私は、助けられまして、お浄土へ参ることに、なったのです。何と、うれしいことで、ございます。何と、ありがたいことでございます。


(p.163~p.166)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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