この「助ける」と仰せ下さる一声の中には、どれほどのご苦労や、お骨折りがこもらせられるかも知れません。まったく、まったく、お慈悲であり、お慈悲であります。涙であります。親様なればこそであります。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用


  御親のただ『一声』

  

 ところがいまは知らせていただきました。うれしうもない、よろこばれる筈もない、これまでどうにかなるであろうと思うていましたが、どうにもこうにもなれる身の上ではありませんでした。もはや仕方のない私の身の上です。今死ねば地獄よりほかにゆきばのない業ざらしです。火の海さしてさかさまに落ちつつあると知られては、もう余裕もなく、ぜいたくも言えません。ただどこからか助けるぞと呼んで下さる一声に、なにもかも打ちわすれてすがりまかせるほかはありません。
 呼んで下さいます。呼んで下さいます。ただ今も呼んでいて下されます。大悲の親様は、現に只いまも私をめがけて「汝一心正念して直ちに来れ、我よく汝を護らん」と、お声をからして呼びづめに呼んでいて下されます。「来いよ来いよ」と招きづめに招いていて下されてあります。「早く早く」と立ちづめに立っていて下さいます。それがいま私の胸にひびきました。自分で仕様仕方のない心の底へとどきました。案じわずらわれて途方に暮れていたところへ聞こえました。たのまずにいられません。順わずにはいられません。何とうれしや、ありがたやと、すがりまかせずにいられましょうか。

  四

 これまでながいこと呼んで下されました。十劫の暁天から呼んで呼んで呼びまくり、今か今かとお待ち下されました。それに私は少しも振りむかずにいました。うしろばかり見せていました。いつもうつむいて、自分の胸に頭をつっこみ、明るうなりたい。立派になってみたいとばかり思うていました。またどうにかなることと思うていました。まことに申しわけのないことでありました。私の強情でした。まことに親様へご心配をおかけしました。さぞかしお泣かせ申したことでしょう。ところが今や親心のありだけがとどきあらわれて、あきらかに聞こえます。私の胸が暗ければ暗いほど、招喚の呼び声は、その中からたしかに聞こえて下されます。あさましいにつけ、しぶといにつけ、いかなるもだえ、なやみの中にも、直ちに来たれ、そのままで来いとの仰せは、あきらかにひびきます。「帰命といふは、如来の勅命にしたがいたてまつるなり」です。ただやるせない仰せの一つに呼びおこされて、これまでうつむいてじっとふさぎこんでいた私が、いま頭を上げて、まっすぐに、大悲の親様に向い、ほれぼれとお呼声をまうけに受けさせて頂きました。
 母親からただ「帰って来い」との一言、この中には、どれほどのご心配やら、ご苦労がこもっているか知れません。子供がつい放蕩のあげく、会社のお金を費い果たして、大きな穴をあけました。それがためにゆくえをかくしています。わずかなことなら許してもらえましょうが、何しろ何億という大金です。どうしても子供に手錠がかかる。他人なら見てもいられましょうが、どうしても見捨てられぬが親心です。ついに母親が涙ながらにすべての財産を売り払って、やっとのことで会社の方へはお金を返した。そのために夜も眠らずに心配して、いのちがちぢまる思いがしました。もうこれでよい。会社の方も諒解して、子供がいつでも会社に顔出しが出来るようになったればこそ、子供の居処をさがし当て、使いの人を出して「さあ帰って来い」と呼んで下されたのです。
 いまも「我をたのめよ。必ず助けん」との大悲のお呼び声。このように呼んで下さるのは、なかなか容易なことではありませんでした。私たちの身に、無始以来の罪障悪業、非常な沢山の借金がありますから、いやでも地獄の縄でしばられねばならない身の上です。たとえ十方の諸仏は見すててしまわれても、どうしても見捨てられぬ如来の大悲、五劫の思惟、永劫の修行、私たちに代って功徳を積み、善根を修し、罪のつぐないをして下さればこそ、「直ちに来たれ」とお呼び下されるのであります。この「助ける」と仰せ下さる一声の中には、どれほどのご苦労や、お骨折りがこもらせられるかも知れません。まったく、まったく、お慈悲であり、お慈悲であります。涙であります。親様なればこそであります。それとも知らずに、私たちは今まで親心子知らずで、お呼び声は耳にしながら、振り向く思いのなかったことの申訳のないこと、勿体ないこと、今ははや、何の中からも、大悲の一声がたのみになり、力になって、これになぐさみ、これによろこび、うれしや、ありがたやと、朝夕に念仏称えさせていただくばかりであります。


(p.172~p.176)
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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