家のポストにアニメ上映会のチラシが入っていました

数日前、自宅のポストに『世界の光 親鸞聖人』のアニメ上映のチラシが入っていました。身近な所に親鸞会会員がいて、チラシ配りをしているのだなと思うとともに、彼らはどういう気持ちで活動しているのかを今一度考えてみました。

親鸞会教義によると、おおよそ

・悪しか造っていない私達の後生は必堕無間(必ず無間地獄に堕ちる)で、これを後生の一大事という。後生の一大事を助かるには、親鸞聖人の教えを聞いて信心決定するしかない。これが私達の人生究極の目的である。
・今日、その親鸞聖人の教えを正しく説かれる方は高森顕徹先生ただ一人であり、私達は高森先生から正しい親鸞聖人の教えを聞いて信心決定するより後生の一大事助かる方法はない。
・信心決定するには、宿善(過去世の善根)がなければならない。ところが宿善薄い我々は、善をして宿善を厚くしなければ信心決定はあり得ない。
・宿善を厚くするには、1.熱心な聞法、2.五正行の実践、3.六度万行の実践。中でも人に仏法を伝えることは最高の宿善となる尊い布施行である。
・高森先生はいつも縦と横の線を書いて、(縦の線を指して)「ここが信心決定、ここがゴール」と説かれ、そこまでは(横の線を指して)「この道を進め」と、全人類が救われるたった一本の道を教えられている。
・仏教はただ聞いているだけではダメで、人に伝えなければ横の道は進めない。自分だけ助かればいいという我利我利亡者は助からない。我々親鸞学徒は自利利他の菩薩道を歩まなければならない。


というような流れで、勧誘活動を余儀なくされます。確実にやってくる未来、死。その先に無間地獄に堕ちるという最悪の未来があるとなると、何とかそこから助かりたいとなるのは当然のことです。
このように地獄への恐怖と、そこから逃れたいという思いを植え付けることで聞く者を勧誘活動へと駆り立てるわけですが、しばらく求めていると、ふとあることに気が付きます。それは、

・自身が中々信心決定でき難いこと。
・自分だけではなく周囲、それも自分より熱心な人や、講師部員でさえも信心決定していないであろうこと。
・求め始めた時と現在とで、全く横の道を進んだ気がしないこと。
・それどころか、自分は横の道にも乗っていないのではないかということ。


などです。ちなみに最後の項目ですが、高森会長は、因果の道理を信じて廃悪修善を実践し、悪しかできない己を知らされて、後生に驚きが立たなければ横の軌道にも乗っていないと説く時があるため、このような思いが生じるのです。

今宵後生を迎えるとなったら、この教えで本当に自分は助かるのか。そう疑問を抱き、その時点で調べて親鸞会教義の誤りに気が付ければよいのですが、「ネットの情報はデマ」「誹謗サイト(親鸞会批判サイト)を見るのは謗法罪だ」「あんなもの(親鸞会批判サイト)を見ると目が腐る」などと情報統制をされているので中々そうはいきません。また、

・人生の大事業を達成しようとしているのだから一朝一夕にはいかない。
・自分は何を求めて、何が得られなくて不平不満を言っているのかと、深く省みなければならない。
・家一軒建てるのも大変。何千万というお金がかかる。まして人生の大事業。


というように説得の文句もそれなりに存在するため、頑張って活動を続けてしまう人も多いのです。私の家にチラシを配りに来た人も、そうやって頑張って活動を続けてしまっている一人と思われます。

さて、話を元に戻します。チラシ配りに来た人をはじめ、親鸞会会員はどういう気持ちで活動しているのでしょうか。まぁ気持ちの入れ込み様は各人各様ですが、その根底にある思いというのは共通していると思います。それは、

・少しでも宿善を厚くして(横の道を進んで)信心決定に近づきたい。
・やらなければいつまで経っても横の道を進めない→後生は一大事。
・やらないよりやった方が一歩でも横の道を進めるだろう。


などという思いです。信心決定を向こうに眺めて、そこへ近づいて行こうとする思いです。未来の救いに希望を見出し、そこまで頑張っていこうという思いです。こういう思いが程度の差こそあれ存在し、活動していることと思います。それこそが、親鸞聖人が教えられた本願力回向のご法義に真っ向から対立する自力回向的な考えであることを知らずにです。

親鸞会では、縦の線(信一念)までに必ず通らねばならない道程があると言い、その道を進めと檄を飛ばされます。縦の線に到着するのは今ではなく求めていった未来です。しかも、実際求めていくとその未来というのが果てしなく遠い未来のように感じられます。一生かけて求めてもたどり着けるかどうか、というほどにです。これではいくら親鸞会製作アニメの聖人が「この身、今生、只今のことです」と言っていても、今生の内に何とかなれば万々歳だとしか思えないでしょう。
教えが信一念と現在とを分断し、そこまで求めよという教えですから、会員の方は、「ド真剣に聞ければ」「もっと活動に励めば」「そしてもっと宿善が厚くなれば」「後生に驚きが立ったら」・・・というように、自分に足りない項目を挙げて、少しでも前に進もう、救いに近づこうとします。本当は救いの手は目の前に差しのべられているというのに、阿弥陀さまのお声(本願)を聞かずに、自分ばかり見て相手の話を無視しているのです。これではいつまで経っても本願に相応するわけありません。

「これこそが本当の親鸞聖人の教えだ」と、ニセの親鸞聖人の教えを聞かされ、それを鵜呑みにしている会員の皆さんは実に憐れとしか言い様がありません。正しいご法義に基づいて本願を信じ念仏して頂きたいと願うばかりです。



追伸

親鸞学徒の皆さんに法論の申し込みをしましたの記事にコメントを頂きました。飛雲に出てくる十項目に対する答えが書かれています。これにつきましてはまた記事を改めて書いていきたいと思います。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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