『飛雲』の、親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点10項目に関してコメントがありました

前回の記事の最後にお知らせしましたが、親鸞学徒の皆さんに法論の申し込みをしましたの記事に「知ってるから応えるよ」さんからコメントがありました。内容は、『飛雲』の、親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点10項目(現在は14項目に増えています)に関してです。以下、引用しておきます。


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親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
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高森会長 必堕無間

誰よりも親鸞聖人のことを知ってる蓮如上人が言ってる。
蓮如は善知識じゃないというならそれまで。


親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
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高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている

造ってない人がいると感じるのは、
わが身に照らし合わせて聞法していない証拠。
予備校の勉強みたいに仏教聞いてきたんだね。
教学としては造ってない人もいるが、現実にはいない。
だから蓮如上人は無間地獄に堕在すると言っている。
蓮如上人の時代にもあなたみたいなのがいたんでしょうね。


親鸞聖人 善人と悪人とがいる
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高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である


どういう意図で、善人と言ってるか分からないが、
すべての人が悪人でないと、
悪人正機の根本が揺らぐ。
悪人でないなら、阿弥陀如来の本願によらず、
自力修行で悟りを開いてみるよろし。


親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
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高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない

必要かどうかの前に、絶対してしまう。
ちなみに、高森会長は善を捨てよとも言ってるよ。
捨てようとする心まで捨てよといっている。
親鸞聖人と同じである。
では、なぜ相反するような二つのことを言ってるか。
分からないんでしょうね。


親鸞聖人 自力の心にあらず
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高森会長 自力

救われたら、他力だと思わされる。
お導きであったと知らされる。
高森会長もそういってるよ。
では、なぜ、相反するように見える二つの内容を言ってるか。
それが分からないんでしょうね。


親鸞聖人 定散二善を捨てよ
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高森会長 定散二善をせよ

善は捨てよとも言ってる。
親鸞会のアニメ見たことないんですか?


親鸞聖人 19願を捨てよ
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高森会長 19願を実践せよ

だから何遍いわせ(ry


親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
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高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない

常識的に考えて見ましょう。
過去世の善根が関係ないとして、
なぜ、同じ時間聴聞しても、
救われる人には物理的時間の前後があるのでしょうか。
小学生で救われる人もいれば、老人になって救われる人もいる。
実際試してみればいいですよ。
同じ時間聴聞して、同時に信心獲得できるかどうか。
多分、物理的時間で前後すると思うよ。
なぜ、前後するか、よく考えてね。


親鸞聖人 自力では出離できない
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高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる

これ意味が分からない。
高森会長も自力では出離できないといってるよ。


親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
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高森会長 善知識に無条件服従せよ

蓮如上人の時代にもいたと思うよ。
五重の義から外れるようなことはあまり言わないほうがいいよ。
あと、高森会長はこうも言ってるよ。
もし、私が、今までの説法は全部嘘でしたと言ったらどうする?
答えは、阿弥陀仏の本願がまことなのだから、何も関係がない。
法に従えと高森会長も言っています。
なぜ、相反する二つのことを言ってると思う?

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確かに引用はしていますが、なぜか回答を当ブログに寄せてきました。この方は大元の『飛雲』にも同様の回答をしているのでしょうか。それは定かではありませんが、せっかくの機会なので、当ブログでも改めて1項目ずつ検証して行きたいと思っています。まぁ一々その必要もないほど、とっくの昔に『飛雲』でも詳細に解説されているのですが、どうしてもエントリーを重ねると過去の記事に埋もれてしまいます。なので当ブログでもう一度掘り下げてみたいと思います。まずは相手の主張とお知らせまで。
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No title

多分、私のブログに10項目についてどこにあるのか尋ねてきた人物ではないかと思います。
以前にもおかしなコメントを延々としてきた人物ですので、面倒とは思いますが、すでに

「浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?」
http://sinrankaix.exblog.jp/

を示しています。
親鸞会の主張を顕真等から引用していますので、誤魔化しもできません。

>飛雲様

そうだったのですね。お聖教を始め、挙げていただいたブログ、そして『飛雲』等を参照して改めて邪義を明らかにしたいと考えています。これから挙げてゆく内容でおかしな点、書き直した方がいい点がありましたら修正しますので仰ってください。

No title

高森氏は以前「必堕無間」に「一切衆生」と板書して、「すべての人に一息切れたら無間地獄に堕ちる一大事がある」と大声で説法してましたね。化土往生なんて30年あまり聞いたことがないけどなあ。

>名無し様

私はその説法を聞いたことがありませんが、

このようにして親鸞会教義が徹底されました(6)
http://shingikensho.blog12.fc2.com/blog-entry-114.html

に書いたように高森会長は著書として「一切衆生必堕無間」を主張しているので誤魔化しはききません。

化土往生は教説として説かれているが、実際に出来るものはいないというのが親鸞会教義です。会報第五集には、

一体、どこに十九願相応の修行している道俗が真宗に見あたるか。どこに二十願相応の念仏行をやっているものがいようか。(p.59)
十九願の邪定聚の機ならば化土へも行けるであろうが、真宗の道俗の中に、そのような者は見当たらないから化土往生どころか必堕無間こそ間違いのない後生である。(p.61)

等と述べています。ちなみにこれを言っちゃうと親鸞会流三願転入の教えなんて成立しないんですけどね。まだ三願転入の教えが出てくる以前の、初版発行が昭和50年8月のものであり、大沼師からのパクリなのでしょうがないです。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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