【1.獲信していない人の死後はどうなるか】について

『飛雲』の管理人さんが教えて下さいましたので、記事の方でも紹介しておきます。親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点10項目について、一口問答形式で端的にまとめられているブログがあります。

浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?

当ブログのリンク先としても登録されているのでご覧下さい。過去エンに埋もれることもないのでいいですね。
また、『飛雲』では2012年1月から10項目に関して解説がなされています。バックナンバーの所から飛んで2012年1月以降の記事を追って下さい。


さて、今回は10項目の最初について。まずは「知ってるから応えるよ」さんのコメントです。

1.獲信していない人の死後はどうなるか
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親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
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高森会長 必堕無間

誰よりも親鸞聖人のことを知ってる蓮如上人が言ってる。
蓮如は善知識じゃないというならそれまで。

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まず、獲信していない一般の人の死後はどうなると教えられているかについて、「一切衆生必堕無間」という言葉も、「一切衆生必堕無間」ということを意味する文証も、経典にも善知識方の御著書にもありません。もっとも、日蓮著『撰時抄』には、

教主釈尊の金言まことならば多宝仏の証明たがずば十方の諸仏の舌相一定ならば今日本国の一切の衆生無間地獄に堕ちん事疑うべしや。

とあり、高森会長が大沼法竜師や伊藤康善師らの著書を剽窃したのと同様に、「一切衆生必堕無間」という言葉をここから拝借した可能性は大いにあるようです(『親鸞会教義の誤り』一切衆生は必堕無間なのか1参照)。親鸞会では「いくらあなた(親鸞聖人)がもっともらしいことを申されても、経典にないことでは仏教ではありません!」とアニメの善慧房証空上人に声高に叫ばせていますが、既にこの時点で

根拠が経典にないようでは親鸞会は真宗でも仏教でもなく、ただの外道であり、新興宗教

であります。「知ってるから応えるよ」さんはアニメをよくご覧のようですからお判りですよね。


さて、「知ってるから応えるよ」さんは、蓮如上人は誰よりも親鸞聖人のことを知ってると言っています。しかし、親鸞聖人はどのようなことを教えられ、蓮如上人はどのようなことを書き残されているか、本当にご存じなのでしょうか。

「一切衆生必堕無間」を否定された善知識方
「一切衆生必堕無間」は幼稚な発想
浄土を願う未信の人は、化土に生れる

等を見ていただければお判りと思いますが、親鸞聖人はどこにも「一切衆生必堕無間」という言葉も、「一切衆生必堕無間」ということを意味する文章もお書きになっておらず、相手を限定して「こういう者は無間地獄に堕ちる」と仰っています。ということは、それ以外の人は必堕無間ではない、ということです。
それに、浄土を求めながらも他力になれない人は、化土往生すると親鸞聖人は仰せられています。『浄土和讃』冠頭讃『正像末和讃』の誡疑讃23首『高僧和讃』源信讃『末灯鈔』など、数多く書き残されています。親鸞聖人に「一切衆生必堕無間」という発想はありません。

また、蓮如上人が書写された『歎異抄』後序には、

かなしきかなや、さいはひに念仏しながら、直に報土に生れずして、辺地に宿をとらんこと。一室の行者のなかに、信心異なることなからんために、なくなく筆を染めてこれをしるす。なづけて『歎異抄』といふべし。

とあり、『歎異抄』の著者(唯円房)が、同じく阿弥陀仏の本願を聞き念仏する者の中、信心の異なる自力念仏の者は辺地(化土)にとどまることを嘆いて筆を執ったことを明かしています。信心の異なる者は無間地獄に堕ちる、ではありません。化土にとどまる、です。

これらを承けて、蓮如上人も『正信偈大意』

「専雑執心判浅深 報化二土正弁立」といふは、雑行雑修の機をすてやらぬ執心あるひとは、かならず化土懈慢国に生ずるなり。また専修正行になりきはまるかたの執心あるひとは、さだめて報土極楽国に生ずべしとなり。これすなはち、専雑二修の浅深を判じたまへるこころなり。『和讃』(高僧和讃・九三)にいはく、「報の浄土の往生は おほからずとぞあらはせる 化土に生るる衆生をば すくなからずとをしへたり」といへるはこのこころなりとしるべし。

と教えられています。蓮如上人にも「一切衆生必堕無間」という発想はありません。


これら数多くの文証を全て無視して、未だに『御文章2帖目2通』

この信心を獲得せずは極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり。

の一文を以て「一切衆生必堕無間」の根拠としているところに親鸞会の無知、愚かさがあります。

親鸞聖人が「無間地獄に堕ちる」と仰っているのは、「衆生有碍のさとり」という異安心の者(『浄土和讃』)、念仏を誹謗する者(『正像末和讃』)に対してです。また、念仏を信じていると言いながら間違ったことを教えている人こそが、地獄に堕ち、天魔になるのであって、すべての念仏者の罪になるのではない、と『末灯鈔』に言われています。
蓮如上人も同じで、『御文章』1帖目11通では邪義で門徒を騙している「師・弟子」は「地獄におちんことはうたがいなし」と仰っています。一方、騙されている門徒については「地獄におちんことはうたがいなし」とは仰っていません。親鸞聖人と同じく、すべての念仏者の罪になるのではないということでしょう。
そして2帖目14通では、「越前の国にひろまるところの秘事法門」について挙げ、この秘事法門という「あさましき外道の法」を信じる者は「ながく無間地獄に沈む」と教えられています。
蓮如上人が「無間地獄」という言葉を使っているのは先に挙げた2帖目2通と2帖目14通の2箇所ですが、この2つのお手紙は形式が非常によく似ています。最初に厳しく「無間地獄に堕ちる」と言われ、その後正しい信心について詳しく説明がなされています。違う所は、前者には誰が無間地獄に堕ちるかという主語がなく、後者には「これ(秘事法門)を信ずるものは」無間地獄に堕ちると主語をつけて書かれている点です。親鸞聖人を始めとした浄土真宗の祖師方の教え、それに他の蓮如上人のお手紙を踏まえて考えれば、2帖目2通で無間地獄に堕ちると言われているのは異安心・邪義・謗法の者だと見るのが妥当でしょう。それをどうして全人類のことと拡大解釈するのか、理解に苦しみます。これは、地獄の恐怖で信者を囲い込み、さらにこの宗教にお布施をし、この教えを宣伝することは自他共に救われているたった一本の素晴らしい道なのだと吹き込む邪教、新興宗教のやり方そのものです。
蓮如上人はそんな邪教、新興宗教まがいの言動はされていません。『5帖目11通』では、親鸞聖人報恩講に参詣し、報謝の心をもって集まって来られた方々に対して、

信心を決定せずは今度の報土の往生は不定なり。

と教えられています。無間地獄に堕ちるとは仰っていません。あくまで無間地獄に堕ちるのは異安心・邪義・謗法の者だからです。

親鸞聖人が教えられていないことを「これが本当の親鸞聖人の教えだ」と邪義を唱え、自力念仏の者さえ「無間地獄に堕ちる」と尊い念仏のお力を誹謗する者たちこそが必堕無間なのであって、全人類が無間地獄に堕ちるのではありません。会員の皆さんは速やかに邪義を唱える者の手を離れ、今まで邪な教えを信じていたことを深く懺悔して、事の経緯を語り表してそんな教えに迷う人が一人でも少なくなるようにして頂きたいと思います。では今回の最後に、こう返しておきましょう。

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親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
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高森会長 必堕無間

誰よりも蓮如上人が尊敬している親鸞聖人が言ってる。
親鸞聖人のお言葉を信じられないというならそれまで。

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No title

親鸞聖人のみ教えを間違えてお伝えしたら腹を切ってお詫びする」って自身も言い、機関紙にも載せてませんでしたか。「一切衆生必堕無間」なんて善知識方誰も説かない珍しき法を説くに至ってはコントですか。ホント舌も多けりゃ腹何回切れば良いのか数えきれんだろうな。それこそ高森氏腹をきること恒河沙の如しか。親鸞会はまず、仏教の目的『 後生の一大事の解決・一切必堕無間」の根拠を出すべきだ。しょうぎで言うと詰みが分からんだろうけど。


>名無し様

妄語と不浄説法が得意なのに、善の勧めなどと言ってるのですから、ギャグ以外の何物でもありません。
剽窃・パクリ・寄せ集めの教義ですから無理でしょう。もう既に詰んで、王将を取られてるのに、ルールを無視してまだ将棋を続けているようなものです。ですから皆もう呆れ返っています。

No title

親鸞会将棋 最初の一手は「5十王」です。いわゆる外道です。会員を棄てても、講師を見棄てても、真実をねじ曲げても、王だけはひとり逃げ続けます。この世を生きている間だけは。

>名無しNo.2様

今更間違ってましたなんて言えませんから逃げ続けるしかありませんね。御身大切・保身に汲々とは他ならぬ会長のことです。とんだ無二の善知識様でした。

> 親鸞会将棋 最初の一手は「5十王」です。
→すみません。この意味がよく分かりません。

淳心房様

>すみません。この意味がよく分かりません。

→将棋は9×九(マス)の盤上で行われます。だから「5十王」とはいきなり盤から外の世界(外道)に逃げ出してしまったルール違反の一手です。保身のためならこんなバカなことをするのが会長の正体だと言いたかったわけです。誰もバカらしくて追い掛けませんし追い付けません。会長の説法で「ロケットに乗って宇宙へ逃げても自分からは逃げられない」と聴いたことがあります。その言葉、会長にそのまま贈ります。ちなみに将棋では「5十王」という一手は存在しません。そんなマスはありません。会長が勝手に作り出した外道、邪道の世界のことです。言葉足らずですみませんでした。

>名無しNo.2様

お答えありがとうございます。意図はよく分かりました。
調べてもかすりもしなかったのでお聞きしたかったまでです。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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