ダイコンの種を蒔けばダイコンが出てくる。では報土の種は?

親鸞会流因果の道理をもって本願力回向、他力回向のご法義を受け取ることは勿論、理解することさえ難しいでしょう。

親鸞会流因果の道理とは、例えば因果についての考察にあるような、

それはちょうど、ダイコンの種を蒔けばダイコンが生え
スイカのタネを蒔けば、スイカが生えてきます。
ダイコンのタネを蒔いて、スイカが生えることはありませんし、
スイカの種を蒔いて、ダイコンができてくることもありません。
タネに応じた結果しか生えてはこないのです。

善い行いをすれば、善い運命がやってくるし、
悪い行いをすれば、悪い運命がやってくる、ということです。
善い運命も、悪い運命も、すべて自分の行為によって決まる、
これが自因自果ということです。


という理論のことです。これを軸に因果の道理の結論は廃悪修善であり、廃悪修善を実践していくと悪しか出来ない己が知らされて、後生に驚きが立つと親鸞会では教えます。これがおなじみの縦と横の線の、横の軌道に乗ったところです。ちなみにお釈迦様は全人類を横の軌道に乗せるのに45年かかったそうです。それから、19願の修諸功徳の行を実践してそれでは助からないと念仏に目が行き、20願の植諸徳本の行を実践して念仏も称えられない、地獄より行き場のない極悪人、逆謗の屍と知らされ(機の深信)、阿弥陀さまこうまでして下さらなければ聞かないしぶとい私でありました(法の深信)と、ようやく18願の世界へ入るというのが親鸞会流三願転入の教えです。

「善い行いをしなければ信仰は進まず、善果も来ませんよ。因果の道理は宇宙の真理です」

と、さも阿弥陀仏の救いと我々の善い行いが関係あるかのような言い方をされ、親鸞会への献金と勧誘、高森会長への無条件服従をすることが早く救われる近道だと会員の皆さんは思っていることでしょう。これは、世間の因果の道理をもって18願の救いを捉えようとする自力の心・仏智不思議を疑う心であり、誤りです。

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親鸞聖人は「定散の専心とは、罪福を信ずる心をもつて本願力を願求す、これを自力の専心と名づくるなり。」(教行信証化土巻)と仰り、因果の道理を信じることは自力の心だと教えておられます。
また、「罪福信ずる行者は 仏智の不思議をうたがひて 疑城胎宮にとどまれば 三宝にはなれたてまつる」(正像末和讃)と、因果の道理を信じることは仏智不思議を疑う心だとまで仰っています。
つまり、因果の道理を信じるように勧めることは、自力・仏智不思議を疑う心を増長させることになります。

『浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?』⑫因果の道理について より)
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親鸞会ではタネマキが大事だと言い、主に親鸞会の話を聞くタネマキ、親鸞会へ献金・勧誘するタネマキをしていくことで横の道を進み、信心決定へと近づいていくかのように説きます。親鸞会で勧められる活動(タネマキ)が、信心決定、そしてその先の往生成仏に何かしら関係があると思うからタネマキができるのでしょうが、我々の往生成仏に関して、我々のタネマキは一切関係ないと親鸞聖人は教えられています。

しかれば、もしは行、もしは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、知るべし。(信文類
このようなわけであるから、往生の行も信も、すべて阿弥陀仏の清らかな願心より与えてくださったものである。如来より与えられた行信が往生成仏の因であって、それ以外に因があるのではない。よく知るがよい。

親鸞会流因果の道理では、ダイコンが生えてきたのはダイコンの種を蒔いたから、スイカが生えてきたのはスイカのタネを蒔いたからです。これでいくと我々が報土往生するには、報土往生の種を蒔かねばなりません。では報土の種は?
それは「一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし」であり、我々の行為(タネマキ)とは無関係なのです。これは、親鸞会が絶対に認めない他因自果であることを示しています。仏教の根幹は因果の道理、因果の道理は宇宙の真理だと理解していればいるほど、こうした18願の救いは解らなくなります。信心決定するのが難しいのは何も親鸞会の教義に合わせられないからではなく、親鸞会の教義に振り回されて18願の救いが「如来の加威力」「博く大悲広慧の力」によることを知らないからです。

しかるに常没の凡愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、真実の信楽まことに獲ること難し。なにをもつてのゆゑに、いまし如来の加威力によるがゆゑなり、博く大悲広慧の力によるがゆゑなり。たまたま浄信を獲ば、この心顛倒せず、この心虚偽ならず。ここをもつて極悪深重の衆生、大慶喜心を得、もろもろの聖尊の重愛を獲るなり。
ところで、常に迷いの海に沈んでいる凡夫、迷いの世界を生れ変り死に変りし続ける衆生は、この上もない証を開くことが難しいのではなく、そのさとりに至る真実の信心を得ることが実に難しいのである。なぜなら、信心を得るのは、如来が衆生のために加えられるすぐれた力によるものであり、如来の広大ですぐれた智慧の力によるものだからである。たまたま、清らかな信心を得たなら、この信心は真如にかなったものであり、またいつわりを離れている。そこで、きわめて深く重い罪悪をそなえた衆生も、大きな喜びの心を得て、仏がたはこのものをいとおしみ、お護りくださるのである。

この文章は『教学聖典(5)』問(14)の答えとして出てきますが、太字部分は略されています。故意に略していると言えましょう。親鸞会はいかにも根拠を挙げて話をしているように見えますが、肝心な所の根拠がありません。
また18願の救いというのは、凡夫が仏になることがちょうど手のひらを返すように極めてたやすいのです。衆生の力は何一つ要らず、ただ如来の本願力のみで往生成仏させて頂くのですから。なので、浅はかな衆生はかえって「そんなうまい話があるかい」と多くの疑惑を生じてしまいます。難信と言われるのはこのためです。

律宗の用欽のいはく、「法の難を説くなかに、まことにこの法をもつて凡を転じて聖となすこと、なほし掌を反すがごとくなるをや。大きにこれ易かるべきがゆゑに、おほよそ浅き衆生は多く疑惑を生ぜん。すなはち『大本』(大経・下)に〈易往而無人〉といへり。ゆゑに知んぬ、難信なり」と。(信文類
(律宗の用欽がいっている。「阿弥陀仏の教えを信じることが難しいと説くのは、まことにこの教えは、凡夫を転じて仏とすることが、ちょど手のひらを返すようだからである。きわめてたやすいから、かえって浅はかな衆生は多くの疑いを生じる。そこで『無量寿経』には、<浄土は往生しやすいにもかかわらず、往生する人がまれである>と説かれている。このようなわけで信じることが難しいと知られる」)

因果の道理を信じて日常生活を送っていくのは結構なことですが、その理屈を親鸞聖人の教え、18願の救いに持ち込むと途端に解らなくなってしまいます。本願を聞く時は、ただ「我にまかせよ、必ず救う」という大悲招喚の勅命を私の考え抜きにそのまま聞き受ける以外ありません。残念ながら親鸞会では、遥か遠く、活動(タネマキ)の先にしか18願の救いはないので、明日をも知れない命と思う方は、ぜひとも親鸞会教義を離れて南無阿弥陀仏の仰せに順い念仏して頂きたいと思います。


【参照】
『親鸞会を脱会した人(したい人)へ』「法友通信『知っただけでは何にもならん』という大邪義について」顕真_宗教法人浄土真宗親鸞会機関誌(平成26年9月号)の記事から見える親鸞会の本音

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>親鸞会流因果の道理では、ダイコンが生えてきたのはダイコンの種を蒔いたから、スイカが生えてきたのはスイカのタネを蒔いたからです。これでいくと我々が報土往生するには、報土往生の種を蒔かねばなりません。

すばらしいです。
そのとおりですね。
私には仏になる行は一切出来ません。
極端なことを言えば私の意思に反して一方的に救われました。
私の意思は、仏と真逆ですからね。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

>とくよしみね様

仏様に向かっているつもりが真逆でしたね。
如来のよびかけを拒んで逃げ回っていました。それが如来が追いかけ、網につかまえられて否が応でも連れて往かれる身にして下さいました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


「摂取不捨」というのは、摂めとって捨てたまわないということで、宗祖親鸞聖人は『御草稿和讃』[1]の「摂取」のところに(親鸞聖人全集五一頁)、「もののにぐるをおわえとるなり」等とお示しくださってあります。
 今まで如来のよびかけを拒んで逃げまわっていた者が、とうとう如来につかまえられて抱きとられ、もう二度と迷界に流転することのない身にしていただく、それが「摂取不捨」であります。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E5%AE%89%E5%BF%83%E8%AB%96%E9%A1%8C/%E5%BD%BC%E6%AD%A4%E4%B8%89%E6%A5%ADより)
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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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