信心決定しても51段目の覚りの境地には出られません

難行、易行についての記事の、広島の名無し様からのコメントを読んで思ったことがあるので記事にします。

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高森会長に、浄土真宗は頓教か漸教かと問えば、頓教だと答えるでしょう。しかし、親鸞会流三願転入は、漸教(十九願)をやって頓教(十八願)に入るのだから結局のところ、漸教ってことですよね。大っぴらには漸教とは言えないので言ってませんが、実際、会員に勧めているのは漸教です。親鸞会にはこういったダブルスタンダードがよくありますね。たぶん多くの会員さんは「頓教とはおっしゃるが、これって漸教なのでは?」と内心思っています。しかし会員さんは「高森先生は信心の智慧を体得し、五十一段目の覚りの境地にあるお方」と思っているので、「我々には分からないだけで、実はこれは矛盾なく頓教なのだ」と脳内で無理矢理に落着させてしまっているのだと思います。
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親鸞会の会員によくある誤解の一つが、

・信心決定した人はさとりの52位の内、下から数えて51段目、あと一段で仏という等覚のさとりと同等の境地に出る

ということです。高森会長はよく「さとりの52位」を図示し、信心決定するというのはさとりの一番下からズボーっと51段高とびして弥勒と肩を並べる身になることだと話していました。『教学聖典(4)』問(39)でも

(問)
親鸞聖人の教えは唯信独達の法門として、仏教界を震撼させているが、「唯信独達」とはどんなことか。

(答)
○信ずる一つで五十一段を高とびできる、ということ。


と説明していることから、「信心決定すると51段目の覚りと同等の境地に出る」と思っている会員さんは多いのではないかと思います。

まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるがゆゑに、竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。信文類

のお言葉を出して、この世では「よぉ弥勒」と弥勒菩薩と肩を並べる身になり、そして死ぬ時は「弥勒お先御免」と弥勒菩薩より先に仏に成ると説明していたのを今でもよく覚えています。

このようなことから、信心決定とは五十一段高とびの物凄い体験であり、仏智満入、仏智全領して相当のことが分かる、知らされると会員の皆さんは思っていることと思います。地獄、極楽のことや、自己の三世、阿弥陀仏の御心、因果の道理、阿頼耶識など、信心決定したら数多くのことが明らかになるように思い、高森会長はそのようになった素晴らしい善知識だと信じている会員は多いでしょう。高森会長を間違いない人物と信じてしまう要因の一つに、「信心決定すると信心の智慧を体得し、五十一段目の覚りの境地に出る」という思い込みが考えられます。

しかし、信心決定とは今までの記事で述べてきたように本願の仰せを計らいなく受け容れたことであって、神秘的体験でも常人にはない智慧を体得することでもありません。阿弥陀仏が見えるようになるわけでもなければ、阿弥陀仏のお声が聞こえるようになるわけでもありません。地獄、極楽などの様相が分かるようにはなりません。自己の三世が明らかに分かるようになるわけでもなければ、阿弥陀仏が今どのようなことをお考えなのか知る智慧も身に付きません。因果の道理が深信させられ、阿頼耶識に納まっている一切の業が分かるようになるのでもありません。これらの他、素晴らしい人格者になるとか、親鸞聖人のような御恩報謝の大活躍をするとか、お聖教に書いてあることの意味が分かるようになるとか、会員の皆さんはそれぞれに「信心決定したらこうなるだろう」と思っていることがあると推測されますが、恐らく大部分は思っているようにはならないことばかりです。

ですから、高森会長が真実信心の行者であるとしても、別段何か特別な智慧を体得しているわけではありません。私達と何も変わらない、煩悩具足の間違いだらけの凡夫です。それが周りから先生、善知識、間違いないお方と崇められ、周囲に諌める者は誰もいないために、今更間違いでしたと引くことのできない状況に立たされているだけです。ネットが普及し、教義の誤りがことごとく暴露され、詭弁も次々打ち返されるこの状況下、さぞや対策に苦慮していることでしょう(苦慮しているのは会長の周囲かも知れませんが)。それに比べて私なんぞは間違いを指摘されたら「間違いでした、このように訂正します」とできるので気楽なもんです。
ということで、信心決定しても51段目の覚りの境地には出られませんし、高森会長は51段目の覚りの境地に達した物凄い人物ということでもありませんので、この際変に思い込んでいる人はその思い込みを捨てて下さい。親鸞会の教えは、ダブルスタンダードで、聖教上に根拠のない、矛盾だらけの教えです。どこからどう見ても曲がった松の木のようなものです。それを真っ直ぐに見ようとしているのが親鸞会の会員さん、あなたですよ、あなたであることに早く気が付いて下さい。
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No title

高森会長も「私も皆さんと何ら変わるところのない凡夫です」とポーズとしては言いますが、本音は「高森先生は我々とは違うドエライ方だ」と思わせたがっています。その証拠が、講師たちが高森会長を神格化する如く崇め奉ることです。あれだけ盛んに崇め奉るのを黙認している訳ですし、講師は講師で高森会長を崇め奉る言動を誇るが如く争うようにしてやっているのですから。

>広島の名無し様

仰る通りと思います。講師部員にとっては会長や上司をよいしょするのが勝ち残ってゆく手段なので、競うように賛美していますね。

No title

なかなかやるね
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
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