【考察】「善知識の御心」とは?

親鸞会、在籍中のことです。

「会長先生が今一番心を砕いておられるのは、○○です。先生へのお手紙に○○について書くとよいです。」

「会長先生が今一番関心を持たれているのは、○○です。私たちも○○に関心をもちましょう。」

「善知識(会長先生)の御心に敏感でなければならない。」

「善知識(会長先生)の御心を知らなければならない。」


など、善知識(=高森会長)の御心をしらなければならないという意味のことを、講師部員から何度も聞きました。


上の○○に入るのは、その時々によって変わります。

ちなみに、私が退会する直前は、「『歎異抄をひらく』の反論書が出ないこと」でした。

「会長先生が今一番関心を持たれているのは、『歎異抄をひらく』の反論書が出ないことです。私たちも新聞の新書欄に歎異抄の解説書が出ているか関心をもってみていきましょう。」

などと呼びかけられていました。親鸞会のホームページをみると今でもその話題が取り上げられています。


聞法ドメインについても会長先生が△△だなどと、いろいろと講師部員から聞かされました。そして、聞法ドメイン関係の財施が数回に渡り大規模に募られました。

少し前だと、

「正本堂ができたということは、ちょうど宝石箱ができたようなものだ。せっかく宝石箱ができたのに、中身が空では申し訳がない。正本堂の中を宝石で一杯にしなければならない」

という高森会長の御心を聞かされ、「二千畳は常時満堂に」と呼びかけられ、その年の報恩講で参詣1万人を達成しようと、人を誘うことが強く推進されました。そのときのスローガンは、「果たそう親鸞学徒の使命参詣一万」だったと記憶しています。

しかし、それから数年経った今では、正本堂での行事も減り、常時満堂とは程遠いのが現状です。


また、「『世界の光 親鸞聖人』のアニメが出れば真宗十派がひっくり返る」という内容が盛り込まれた制作ビデオも見たことがあります。そのアニメを頒布する光戦に、私より先輩の会員の皆さんは参加したと聞いています。

ところが、高森会長が豪語するように「真宗十派がひっくり返る」ようなことはなく、時代と共にアニメ頒布の話がされなくなったことが私の白道などを始め、随所に指摘されています。



「善知識(会長先生)の御心を知らなければならない」とその御心が徹底され、それに従うように会員は求められていますが、問題は「会長先生の御心」が、本当に「善知識の御心」かどうかです。

蓮如上人は次のように仰っています。

一 信をとらぬによりてわろきぞ。ただ信をとれと仰せられ候ふ。善知識のわろきと仰せられけるは、信のなきことをわろきと仰せらるるなり。しかれば、前々住上人(蓮如)、ある人を、言語道断わろきと仰せられ候ふところに、その人申され候ふ。なにごとも御意のごとくと存じ候ふと申され候へば、仰せられ候ふ。ふつとわろきなり。信のなきはわろくはなきかと仰せられ候ふと[云々]。『御一代記聞書(186)』

「なにごとも御意のごとくと存じ候ふ」

と答えた人に、蓮如上人は

「ふつとわろきなり。信のなきはわろくはなきか」

と仰せられました。


親鸞会に当てはめると、

「先生の御心にかなうように、何としても報恩講の参詣目標達成します」
「先生の御心にかなうように、正本堂の建立御報謝に命をかけます」
「先生の御心にかなうように、○○します、○○しています」


と答える人に対して、

「ふつとわろきなり。信のなきはわろくはなきか」

と高森会長や講師部員が言うということになるでしょう。


このブログで何度も取り上げているように、親鸞会の勧めている活動(主に顕正という名の人集め、財施という名の献金)は、信心獲得とは無関係なことです。その信心獲得と無関係な活動を推進させる「会長先生の御心」、それらの活動に積極的な人を讃える新聞記事や表彰。

どうやら「親鸞聖人のみ教えをねじ曲げ、信心獲得と無関係なことを関係あるかのごとくに説き、推進する」高森会長の御心は、「信をとらぬによりてわろきぞ。ただ信をとれ」と仰る蓮如上人の御心とは全く異なるようです。


法話の讃題にしている蓮如上人の

「あわれあわれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり。まことに宿善まかせとはいいながら、述懐のこころ暫くも止むことなし」(御文章)

のお言葉も、今思うと本音かどうか疑わしいと言わざるを得ません。
ですからその跡に続く講師部員が蓮如上人のお言葉を真似していても、それは口先だけのことで全然響いてこなかったわけです。

親鸞会を外から眺めると、時代とともに変わる「会長先生の御心」が講師の口や新聞・制作ビデオなどを通して会員に徹底され、高森会長にとって都合のよい活動に会員は邁進させられているだけに感じます。

会員の皆様は、「本当の」会長先生の御心を知らなければならないと思います。

「〈無人空迥の沢〉といふは、悪友なり。真の善知識に値はざるなり」となり。
「真」の言は仮に対し偽に対す。
「善知識」とは、悪知識に対するなり。
真の善知識、正の善知識、実の善知識、是の善知識、善の善知識、善性人なり。
悪の知識とは、仮の善知識、偽の善知識、邪の善知識、虚の善知識、非の善知識、悪の善知識、悪性人なり。(愚禿鈔)


自分から悪知識と名乗るものはいないのです。仮の善知識、偽の善知識、邪の善知識、虚の善知識、非の善知識、悪の善知識があると親鸞聖人は教えられています。そのような人物に従ってはいけません。


また、仏法を破壊する者は、仏法者の中から出てくるとお釈迦様は説かれています。

仏法者のやぶるにたとへたるには、「獅子の身中の虫の獅子をくらふがごとし」(梵網経・意)と候へば、念仏者をば仏法者のやぶりさまたげ候ふなり。(親鸞聖人御消息)

造悪このむわが弟子の
邪見放逸さかりにて
末世にわが法破すべしと
『蓮華面経』にときたまふ(正像末和讃)


親鸞聖人のお言葉です。一人一人が自戒しなければならないと思います。
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No title

時代とともにかわる先生の御心・・・・その御心にどれだけ振り回されたかわかりません。アニメ頒布・・・・主婦が集まり、子供を交代でみて、一軒一軒くまなく訪問しました。しかしいつの間にか、アニメを一人でも多くの人に届けましょう・・の勢いがなくなり・・・・・アニメ頒布活動は終わりました。あの苦労は何だったのか・・・・腹立たしいです。

元講師の方から「布教講義で会長に『君達の信心はどうか』と聞かれたことは一度もない」と聞いたことがあります。

会長は都合のよい部分だけ取り上げて(表面上)蓮如上人のお言葉を真似てるだけだとよくわかりますね。

近頃は「切り刻みても飽くかよ」がお気に入りのようですが。

No title

会合などでよく見られた光景として、説法の内容、新聞・とどろき、正本堂内の様子、などから質問を投げかけられ、「覚えている人?」と挙手させるというものがありました。

例えば、顕正新聞に載っている会長の言葉(大沼氏のパクリ疑惑)をたずねて、覚えていない人に対して
「善知識(会長先生)の御心に敏感でなければならない。」
と言って大勢の前で高圧的にやりこめられました。続けて二の矢、三の矢が放たれることもしばしばでした。

私もその指摘というか、恫喝というかが怖くて、嫌々暗記していましたが、今から思えばただの会長崇拝のためのマイコンだったと思います。

親鸞聖人・蓮如上人の御心を知る必要はなく、高森親鸞会の解釈に則った両上人の御心とやらを徹底して刷りこむ、それが昔からのやり方でしょ。

「歎異抄をひらく」についてもAmazonでちょっと調べれば、高森親鸞会も嘘も、大衆のニーズもわかります。
>この本を読んで、身勝手な解釈が多いので驚きました。
>肝心な所になると難しい仏教用語を用いごまかし、結局答えになっていない解説に感じた。
>字面だけの解説にとどまり、真宗の要がすっぽりと抜け落ちているという印象です。
>解釈が独善的で、間違いが多過ぎる。

五つ星でやたらほめちぎっているレビューもありますが、言い回しからしてメディア工作でしょう。
嘘ついて会員を洗脳するのはホントにやめてほしいです。

コメント有難うございます☆

>遠慶宿縁様

あの一本15000円のアニメ頒布にご苦労された様子が伝わって参ります。
素晴らしい法施の布施行であり、宿善を求めよと教えられ、獲信のためと思って会員は営業に不慣れな人も多い中必死に売りに歩いたことと思います。

実際は獲信とは無関係な行いですから、お互いこれ以上被害者が出ないように注意喚起すると共に、一念の信心の謂を有縁の人に伝えて行きたいものです。



>るぅでる様

「わが信心は、ひとの信心は如何あるらんという信心沙汰をすべき用の会合」をせず、どうしたら親鸞会教義を徹底できるか、どうしたら効率よく集金できるか、どうしたら会員を増やすことができるか、の会合ばかりをしているのではないでしょうか。

そういえば講師や先輩からは「君はもう阿弥陀仏に救われたか」と聞かれたことは一度もありません。自らはまだ救われておらず、だから後輩も救われていないだろうと思っていて、聞こうともしないのかと思ってしまいます。



>える様

嘘で塗り固めた生活をして世間や会員を欺き、親鸞聖人の教えをねじ曲げて衆盲を火坑へ堕とそうとしている団体は放っておくわけにはいきませんね。
五つ星でやたらほめちぎっているレビューは会員のものである香りが…。
「今までの解説書は一体何だったのか」と投稿を寄せた人もいたと聞きましたが、本当なのか、或いはその人は一体どういう人なのか疑問です。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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