『観無量寿経』に説かれている事と、親鸞会教義との相違点(おまけ)

【まとめ】を挙げといて何ですが、まだあったので記事にしておきます。

当ブログでも散々取り上げてきました(親鸞聖人は「一切衆生必堕無間」などと教えられていません等参照)が、親鸞会教義の一つ「一切衆生必堕無間」は経典にもお聖教にもない言葉です。2005年位でしたか、そのことを当時のK学友部長に質問したら、『観無量寿経』に応堕地獄と説かれていて、一切衆生必堕無間と同じ意味だと返答がありました。
当時はそれで納得してしまいましたが、まるで的外れな回答であったと振り返って思います。まず、「応堕地獄」とは『観無量寿経』下品中生に説かれている言葉です。以下に漢文、読み下し文、現代語訳を紹介します。


仏告阿難及韋提希 下品中生者 或有衆生 毀犯五戒八戒 及具足戒。
如此愚人 偸僧祇物 盗現前僧物 不浄説法 無有慙愧 以諸悪業 而自荘厳。
如此罪人 以悪業故 応堕地獄。命欲終時 地獄衆火 一時倶至。
遇 善知識以大慈悲 為説阿弥陀仏十力威徳 広説彼仏光明神力 亦讃 戒・定・慧・解脱・解脱知見。
此人聞已 除八十億劫 生死之罪。地獄猛火 化為清涼風 吹諸天華。
華上 皆有 化仏・菩薩 迎接此人。
如一念頃 即得往生。
七宝池中蓮華之内 経於六劫 蓮華乃敷。当華敷時 観世音大勢至 以梵音声 安慰彼人 為説大乗甚深経典。
聞此法已 応時即発無上道心。
是名下品中生者。



仏、阿難および韋提希に告げたまはく、「下品中生といふは、あるいは衆生ありて、五戒・八戒および具足戒を毀犯せん。かくのごときの愚人は、僧祇物を偸み、現前僧物を盗み、不浄説法して、慚愧あることなく、もろもろの悪業をもつてみづから荘厳す。かくのごときの罪人は悪業をもつてのゆゑに地獄に堕すべし。命終らんとするとき、地獄の衆火、一時にともに至る。善知識の、大慈悲をもつて、ために阿弥陀仏の十力威徳を説き、広くかの仏の光明神力を説き、また戒・定・慧・解脱・解脱知見を讃ずるに遇はん。この人、聞きをはりて八十億劫の生死の罪を除く。地獄の猛火、化して清涼の風となり、もろもろの天華を吹く。華の上にみな化仏・菩薩ましまして、この人を迎接す。一念のあひだのごとくに、すなはち往生を得。七宝の池のなかの蓮華のうちにして六劫を経て蓮華すなはち敷けん。華の敷くるときに当りて観世音・大勢至、梵音声をもつてかの人を安慰し、ために大乗甚深の経典を説きたまふ。 この法を聞きをはりて、時に応じてすなはち無上道心を発す。これを下品中生のものと名づく」と。


釈尊はまた阿難と韋提希に仰せになった。 「次に下品中生について説こう。五戒や八斎戒や具足戒などを犯し破っているものがいる。このような愚かな人は、教団の共有物を奪い、僧侶に施されたものをも盗み、さらに私利私欲のために教えを説いて少しも恥じることがなく、いろいろな悪い行いを重ねてそれを誇ってさえいる。このような罪深い人は、その犯した悪事のために地獄に落ちることになる。この人がその命を終えようとするとき、地獄の猛火がいっせいにその人の前に押し寄せてくる。そこで、善知識にめぐりあい、哀れみの心からその人のために阿弥陀仏の持つ力のすぐれた徳と、光明の持つさまざまな不可思議な力を説き、またその戒・定・慧・解脱・解脱知見のすぐれた徳をほめたたえるのを聞く、その人はこれを聞いて、ただちに八十億劫という長い間の迷いのもとである罪が除かれ、地獄の猛火はたちまちさわやかな風に変って、多くの美しい花を吹き散らす。花の上にはみな化身の仏と菩薩がおいでになって、その人をお迎えになる。するとたちまち極楽世界に生まれることができ、七つの宝でできた池の中にある蓮の花に包まれて、六劫を経て後にはじめてその花が開くのである。その花が開くとき、観世音・大勢至の二菩薩が清らかな声でその人を心安らかにし、大乗の奥深い教えをお説きになる。そこでその教えを聞いてただちにこの上ないさとりを求める心を起すのである。これを下品中生のものと名づける」


現代語訳を読めばお分かりのように、相手を限定して「このような罪深い人は、その犯した悪事のために地獄に落ちることになる。」と仰っています。親鸞会のいつもの断章取義です。親鸞会の提示する根拠は、たいていが前後を読めばそれが親鸞会の主張する根拠とならない事が分かってしまいますが、今回もその例に漏れません。


11、「応堕地獄」について

下品中生の無善破戒の機に対して言われている
-----------------------
必堕無間と同じ意味で、全人類に対して言われている


私利私欲のために教えを説いて少しも恥じることがなく、いろいろな悪い行いを重ねてそれを誇ってさえいるような者がその犯した悪事のために地獄へ堕ちるのであり、全人類がそうではないことは言うまでもありません。ところで、そんな者とは一体誰の事を言っているでしょうか? この現代語訳は実に絶妙すぎて、拍手喝采、スタンディングオベーションものです。私にはあの親子と、それについていく確信犯的取り巻き連中が思い浮かびますが、皆さんはいかがでしょうか?

まぁそれはさておき、このようなことですから、親鸞会教義を真に受けていたずらに後生は地獄、後生は地獄と恐れることはありません。聞く者に地獄の恐怖を叩き込み、更には献金や勧誘活動に駆り立て、上司に無条件服従させるような教えなど、断じて親鸞聖人の教えではありません。ただそれでも後生に恐怖を感じてしまうという方は、「必ず助ける」との阿弥陀仏の仰せを、素直に受け容れ念仏して下さい。只今、ここにいる、このままの私めがけて、いつでもどこでも阿弥陀仏は喚びかけ続けられています。それを自分の側で小賢しい詮索をして、疑い計らい、耳を塞いでいるから、仰せを仰せのままに受容できないのです。因果の道理も、廃悪修善も、19願も、宿善も、縦横の線も、親鸞会で聞いてきた「助かるにはこうしなさい」系なことはみんな要りません。それらはみんな邪魔なので、親鸞会で積み上げたものはぶっ壊して、身につけたものは取っ払って、ただただ「助けるぞ」の仰せを聞くのみです。大丈夫です、必ず助かります。私が言うから大丈夫なのではなくて、阿弥陀仏が「必ず助けるぞ」と仰せなので大丈夫です。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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