ここをもつて四依弘経の大士、三朝浄土の宗師、真宗念仏を開きて、濁世の邪偽を導く。

親鸞聖人は『阿弥陀経』隠彰の義をあらわされる中で、このように仰っています。

この『経』(小経)は大乗修多羅のなかの無問自説経なり。しかれば如来、世に興出したまふゆゑは、恒沙の諸仏の証護の正意、ただこれにあるなり。ここをもつて四依弘経の大士、三朝浄土の宗師、真宗念仏を開きて、濁世の邪偽を導く。 三経の大綱、顕彰隠密の義ありといへども、信心を彰して能入とす。

【現代語訳】
『阿弥陀経』は、大乗経典の中で、問うものがいないのに仏が自ら進んで説かれた教典である。だから、釈尊が世にお出ましになったのは、あらゆる世界の数限りない仏がたがこれこそ真実の経典であると明かしてお護りくださる本意、すなわちただ他力真実の法を明らかにすることにあるのである。このようなわけで、すべての衆生のよりどころとなる浄土の教えを広めてくださったインド・中国・日本の七人の祖師方は、他力念仏を説き示し、五濁の世のよこしまな心を持つ人々を導かれるのである。『無量寿経』・『観無量寿経』・『阿弥陀経』の三経に説く教えには顕彰隠密の義があるといっても、みな他力の信心を明らかにして、涅槃に入る因とする。

親鸞聖人は、釈尊がこの世にお出ましになったのは、『阿弥陀経』隠彰の義である他力真実の法、すなわち阿弥陀仏の本願、真宗念仏を明らかにすることにあると仰っています。これが『正信偈』にもある、

如来所以興出世
唯説弥陀本願海
五濁悪時群生海
応信如来如実言


ということです。かつて高森会長は、弥陀の本願海とは第十八願のことだと説いていましたが、これだけ親鸞会流三願転入の教えが強調されたら、会員の皆さんの中にはこれは第十八願に第十九願と第二十願を含めた三願のことだと理解している方もあるのではないかと思います。それは間違いです。これはかつて説いていた第十八願ということで合っています。
そして、七高僧方が説き示されたのは、真宗念仏、他力念仏であります。三願転入の教えではありません。まず第十九願から始めよという教えでもありません。七高僧の中には、十九願について言及すらない方もあるのですから、親鸞会流三願転入の教えが全人類の救われるたった一本の道だなどというのは単なる高森会長の妄想であります。

それから、『観経』顕説にある定散二善等の自力諸行や、『小経』顕説にある自力念仏は涅槃の因ではなく、『観経』『小経』隠彰にある他力信心、金剛の真心を涅槃の因とするというのです。

いま三経を案ずるに、みなもつて金剛の真心を最要とせり。真心はすなはちこれ大信心なり。大信心は希有・最勝・真妙・清浄なり。なにをもつてのゆゑに、大信心海ははなはだもつて入りがたし、仏力より発起するがゆゑに。真実の楽邦はなはだもつて往き易し、願力によりてすなはち生ずるがゆゑなり。いままさに一心一異の義を談ぜんとす、まさにこの意なるべしと。三経一心の義、答へをはんぬ。

【現代語訳】
いまこの三経をうかがうと、みな決して損なわれることのない真実の心をまさにかなめとしている。その真実の心とは他力回向の信心である。この信心は、たぐいまれな、もっともすぐれた、真実の、清らかな心である。どうして信心の大海には入ることが難しいのかというと、この信心は仏力によっておこるからである。しかし、真実の浄土に往生することはとてもやさしい。それは本願のはたらきによってただちに往生できるからである。いま、『無量寿経』や『観無量寿経』に説かれる散心と『阿弥陀経』に説かれる一心とが同じか異なるかを論じようとするのは、このことをあらわすものである。これで、この三経に説く教えはみな他力の信心をかなめとするということについて答えおわった。

ここで、易往而無人について教えられています。一方的な阿弥陀仏の本願のおはたらきによるので真実の浄土に往生することは容易いが、一切の自力を交えず、ひとえに仏様のお力によるために衆生は逆に疑って信心の大海に入ることが難しいというのです。
会員の皆さんが信心獲得が難しいと考えるのは、おそらく、なかなか親鸞会流三願転入の教えに従って横の線の道を進めず縦の線に辿り着けないからだと思います。例えば【投稿文】宝珠さんの退会の記録 (1)の中にあるように、

カスの時間とカスの身体で聞いてるから救われないのだ。と言われて、欲いっぱいの自分が悪い、真剣に聞いていないから信心決定できないのだと反省していました。

等と考えて、聴聞、おつとめ、顕正目標人数の達成、募財への参加、会長や上司への無条件服従、その他日々の善い行いに励み、欲や怒りや妬み嫉み、自惚れといった煩悩が出てきたら「そんな心ではいけない」と苦悩しているのではないでしょうか。このように縦の線(他力の世界)を目指して一生懸命求めていくことを自力というのですが、無力(むりき)がいけないと聞いているので、こうやって自力で一生懸命求めていかねば他力の世界に入れないと固く信じて疑わない方ばかりかと思います。
更には、第十八願だけでよい、「助けるぞよ」の仰せをそのまま聞くだけだと言う者を「そんなわけあるかい」「そのままってどのままだ」「そんなものは観念の遊戯だ」「行学がなければ信仰は進まない」と非難して、頑なに高森会長の邪義を信じ込んでいるのですから、会員の皆さんがいつまでも他力の世界に入れないというのも尤もな話です。

今や私が退会した頃よりも募財や顕正目標は多くなり、何十年来の会員さんが次々辞めていくと聞いています。そのしわ寄せは残った現役会員に来るのですから、特に幹部会員以上の方々の状況はますます厳しくなっていると思います。しかし、それが「さすがにこれはおかしい」と調べるきっかけになるならば、それは大変有難いことです。例えば上リンク先の話にあるような入学金のカンパなど、誰が聞いてもおかしいでしょう。参詣の交通費のカンパとかならまだ分かりますが、これは会費や法礼(お布施)のカンパと一緒ですよ。高森会長の目的は皆さんの信心獲得ではなく、自身の私利私欲を満たすためであると、早く気がついてもらいたいものです。

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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
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