大切に抱きしめてた宝物が、ある日急に偽物と明かされようとは・・・

最近、親鸞会の根本聖典は『なぜ生きる』になったようです(映画「なぜ生きる」の感想(2)ー「ご著書」が「聖典」になった宣言を会員向けにした作品)。親鸞会の講師や会員が、高森会長の説法や『なぜ生きる』を根拠に自説を展開し、それに対して退会者に聖教上の根拠を求められると答えられないか、的外れな根拠を出してくるか、というようなやりとりがもう何年もずっと続いています。これでは浄土真宗でもなければ親鸞聖人の教えでもありません。高森教でしょう。

親鸞会では親鸞聖人の名を語り、さも以下のような教えが親鸞聖人の本当の教えであるかのように説きます。

・獲信していない人の死後は必堕無間
・全ての人は生まれながらに五逆罪、謗法罪を造っている
・善人はいない、全ての人は悪人である
・善をしなければ絶対に獲信できない
・(二河白道の)白道とは(自力の)求道心、信心
・定散二善をせよ
・19願を実践せよ
・過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない
・逆謗の屍と必ず知らされるのが機の深信
・浄土往生が火に触ったよりも明らかに知らされるのが法の深信
・善知識に無条件服従せよ
・因果の道理を深信しなければならない
・全人類は19願から始めなければならない
・「一向専念無量寿仏」とは、阿弥陀仏1仏に向かって諸善をすることも含む


私も会員であった当時は、高森先生こそ本当の親鸞聖人の教えを、全人類が救われるたった一本の道を説かれる方だと信じ、何とか信心決定して絶対の幸福の身になりたいと思っていました。
ところがふとしたきっかけで、高森会長の主張は、その主要部分のほとんどが親鸞聖人の仰せと異なるということが分かってしまいました。親鸞会の教えは、偽物の親鸞聖人の教えだったのです。そして親鸞聖人の本当の教えに遇い、どおりでいくら高森会長の教えを聞いても救われないし、周囲にも救われた人を見かけないわけだと納得しました。上の14項目は、全て聖教に基づかない、高森教独自の珍説であります。


自分が本当に手に入れたいものが手に入らない。いくら努力しても自分より上は沢山いる。この広い地球、宇宙の中では自分一人いようがいまいが何も変わらない。この先苦労して生きて何になるのか。こんな思いを抱えたまま苦しみに耐えて生きるなら死んだ方がマシだ・・・そんな感情が先行していた高校時代を抜け、大学で「人生の目的がある」「たとえ死が来ても崩れない絶対の幸福の身になれる」と聞かされた私にとっては、親鸞会の教えは「宝物」でした。それが、ある日急に偽物と明かされようとは・・・。

大切に抱きしめてた宝物がある日急に偽物と明かされても oh oh oh
世界中にすり込まれている 嘘を信じていく
すべてはフェイク(Mr.Children『フェイク』)


ミスチルの歌詞が脳裏をよぎります。それにしても未だに脳内にすり込まれている嘘を信じていく会員が多い中、自分はよく偽物を偽物と認めることができたなと思います。後輩の一人は熱心なK講師長信者で、私や先輩がいくら何を言っても親鸞会が正しいと信じて疑わず、説得は出来ず仕舞いで終わっています。まぁ親鸞会側としても、親鸞聖人の教えに似せて作ったマガイモノを、すぐにそれと見破られぬように所々親鸞聖人や蓮如上人のお言葉を用い上げ底して説いていますからね。私もかつてはそうでしたが、親鸞聖人の教えに明るいつもりで実は真っ暗な素人会員には、マガイモノがマガイモノだと分からないかも知れません。そして必堕無間と脅し、無条件服従せねば助からぬと言い、様々な詭弁を駆使するので、会長や上司への服従心が強い人は中々偽物が偽物だと受け容れられないのです。必堕無間の呪縛に高森信心が加わると実に厄介です。

ハッキリ言いまして、「親鸞会のすべてはフェイク」と言っても言い過ぎではありません。上の14項目然り、教義面では主要部分が正反対と言っていいくらい、親鸞聖人の仰せと違います。ですから細かな誤りを挙げていくとキリがありません。
教義以外でもそうです。例えば、親鸞会では「まことに死せんときは・・・」などのお言葉を用いて、死んでいく時はそれまで必死にかき集めたお金も財産も名誉も地位も、何一つ頼りになるものはないなどと説きます。なので高森会長や上司の方々は、さもこれらの世間事に執着していないかのように思えます。こう思わせるのが狙いの一つなのかも知れません。これらの世間事に執着してなさそうで実は物凄い執着しているのが高森会長始め親鸞会上層部なのです。当ブログでも度々紹介してきました。
会員の皆さんは、「会長先生は皆さん一人一人の仏縁を念じておられます」なんていう講師のたわ言を信じ、外の情報に耳を塞ぎ、ひたすら会の指示に従っていることでしょう。が、皆さんは実は高森会長からしたら単なる組織拡大要員であって、誰かと取っ替えのきく代用品でしかないのです。高森会長の教えや指示に異議を唱える者あらば、それまでどんなに会長や会に尽くしていたとしても指摘の嵐を浴びせ、除名にし、会員にもその者を忌み嫌い近づかぬように仕向けるでしょう。800年前の親鸞聖人と善鸞とは違い、直接会って話す機会はいくらでもあるのに、その者に納得いくように説明し、後生助かるように教え導くなどということはしないのです。組織拡大要員としての利用価値がなくなったと判断された時点でもうその人はポイです。瓜生崇元講師、近藤智史元講師、宮田秀成元講師、嶋田久義元講師、清森義行元講師、上田祥広さん、齊尾裕史さん、その他有名無名の元会員の退会、除名の経緯を知ればもうお分かりでしょう。
そして彼らが親鸞会や高森会長を批判するや、ほっぺたから横隔膜まで退会者を呪ってやるって気持ちを膨らまし、普段は顔をピクピクさせて説法をし、裏では退会者の批判対策、また組織拡大のために苦肉の策を練っているわけです。しかし、あれこれと知恵を絞った挙句が裏目に出て、会員歴何十年という人が次々退会していっています。

これからも、たとえ教義の誤りに途中で気付いていたって御身大切、保身のために尻尾を振り続けるか。ただただ信じてついてゆくのか。あるいはおかしさに気づいて、親鸞会という沈没寸前の船から本当の親鸞聖人の教えを探しにtake offするか。今宵の後生と向き合い、親鸞会の教えで今宵の後生救われるかと真剣に考えれば、答えは自ずから出ることでしょう。あとは勇気をもって決断できるかどうかです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード