新入生の皆さんはこんな話に注意!(3)

新入生の皆さんはこんな話に注意!(2)の続きです。

※以前からの非難により、現在は、勧誘の最初の段階で仏教とか『歎異鈔』や『教行信証』に学ぶと触れる大学もあります。

※以下のような内容をサークルで聞いたら親鸞会の可能性が高いです。不安に思ったらコメント欄に聞いた内容やサークルの様子を教えて下さい。親鸞会である可能性を検討してみたいと思います。

※『なぜ生きる』、『光に向かって100の花束』など一万年堂出版の書籍をゼミ(部会、ミーティング、講座)で用いていたら親鸞会だと思って間違いないでしょう。


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◎マラソンの例え

人生は様々な点でマラソンに似ている。どんな点が似ているかというと、

・立ち止まっていられない。
一ヶ所に止まっているランナーはいないように、昨日から今日、今日から明日へと私達は生きている。
走り続け、止まることを許されない。

・常に競争を強いられる。
早くは幼稚園のお受験から競争が始まり、受験戦争、就職難、出世競争など、常に周囲と比較され、走り続けなければならない。

・周囲から応援がある。
親、近所、学校や塾の先生、会社の上司など、頑張れ、負けるなと応援される。

・給水所がある。
あまり苦しいので小休止する所、また、とりあえずこれを目指すという目標が人生にはある。ただそれは、人生の通過点であって、ゴールではない。また走り続けなければならない。

このように様々な点で人生とマラソンはよく似ているが、マラソンの場合はゴールがハッキリしているのに対して、人生はどうか?
親、学校の先生、政治家、小説家、誰もハッキリとした人生のゴールを教えてくれない。人生はゴールが示されぬまま走り続けるようなものである。

あそこがゴールだとハッキリしていてこそ、頑張って走ることができる。
ゴールのない円形トラックを回り続けるランナーは、やがて走り倒れあるのみだ。
では、人生のゴールといえるような、いわゆる人生の目的はあるのか?

それについて教えられている「平生業成」という先哲の言葉がある。

「平生」とは、生きているとき。
「業」とは、人生の大事業のこと。事業といっても、ノーベル賞を取るとか、オリンピックで金メダル取るとか、マイホームを建てるとか、そういうものではない。
生まれてきたのはこれ一つのためであったといえるもの。これ一つ果たしたらわが人生いつ死んでも悔いなしといえるもの。言い換えると人生の目的、なぜ生きるかということ。
「成」とは完成する、達成するということ。

「人生にはこれ一つ果たさなければならない大事な目的がある。それは現在完成できる。だから早く達成しなさいよ」ということが、「平生業成」ということである。

ではその人生の目的、なぜ生きるの答えは何なのか、達成したらどうなるのか、どうしたら達成できるのか、広くて深い話だから続けて聞いてもらいたい。




◎海のたとえ(難度海)

人間が生まれたというのは、ちょうど太平洋の真ん中にポンと放り込まれるようなものだ。

・見渡す限りの水と空。一体どこに向かって泳げばよいのか分からない。

 人生も同じように、どこに向かって生きればよいか分からず生まれてくる。なぜ生きるのかが分からずに生まれてくる。

・しかし、泳がなければ沈んでしまうので、とにかく手足を動かす。そして、周りの人は泳ぎ方のコーチをし、一生懸命泳げという。

 生きねば死んでしまうので、とにかく生きよ、一生懸命生きよと周囲の人はいう。
そして、どうしたら長く、楽しく生きることができるのかと生き方を教えているのが、親や学校など。政治、経済、科学、医学、芸術、スポーツ、道徳、倫理、全てどうしたら長く、楽しく生きられるかの生き方を教えたもの。

 方角を示されずに、ただ生きよ、頑張って生きよ、前向きに生きよと言われ続ける。一体どこに向かって泳げばよいのか、方角知らずに泳いでいたら土左衛門になるだけように、ただ生きているのは死ぬために生きるようなものである。

・海には大小様々な波が次々と押し寄せてくる。

 同じように、人生には様々な苦しみの波がやってくる。
 人生のことを「難渡海」といわれる。
 渡ることが難しい海のようなものが人生ということ。海に波が絶えることがないように、人生に苦しみ悩みの波が絶えることはない。だから、「苦海」とも言われる。

 いじめ、失恋、受験戦争、就職難、人間関係、リストラ、離婚、借金、老い、病気、家族や友人の死別…
 苦しみに耐え切れず、自殺する人は日本だけで年間3万人以上。交通事故死の3倍以上の人が自ら命を絶っている。

・ずっと泳いでいるのも疲れるので、周囲に浮いている丸太や板切れにすがろうと懸命に泳ぐ。ところがせっかく泳ぎついてすがってみても、所詮は浮いたものなのでやがてくるっとひっくり返って、塩水飲んで苦しまなければならない。そういったことを繰り返し、最後は海のもくずと消えていく。

 丸太や板きれとは、人生でいうと、金、財産、名誉、地位、健康、マイホームなど、私たちがあて力にしているもの、支えにしているもの。
 懸命にそれらのものを追いかけて生きている。
 しかし、ようやく得た財産を詐欺で失って苦しむもの、病気になり健康に裏切られて苦しむもの、この人とならと思って結婚するが配偶者のために苦しむもの、せっかく得た地位を追われて悲しむもの、四方八方眺むれど世に愁歎の声は尽きない。

 そして、人生の最後は
 「まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も我が身には一つもあい添うことあるべからず」
 と室町時代の蓮如という人はいっている。

 いよいよ死んでいくときは、それまであてにし、力にしてきたすべてのものに裏切られて、死んでいかねばならない。

 これでは、何のために生まれてきたのか? 生きているのか? 苦しむために生まれてきたようなものではないか。

 そんな人生において、
「難度海を度する大船」
があると『教行信証』という古典には書かれている。

 苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく楽しくわたす大船がある。その船に乗り、未来永遠の幸福に生きることが人生の目的だと教えられている。

 では、難度海を渡す大きな船とは一体何なのか、どうしたら大きな船に乗れるのか、続けて聞いてもらいたい。

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(つづく)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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