【お知らせ】2016年(平成28年)親鸞会の報恩講の日程

本日あるご縁で久々に親鸞会発行『顕正新聞』(平成28年9月1日号)を手に入れました。最近、いつ行われているのかも分からない親鸞会の報恩講ですが、今年2016年は、

10月8日(土)、9日(日)

だそうです。演題までは書いていませんが、今年上映された映画「なぜ生きる」を強烈に推し進めていますから、行事の中で全てあるいは一部分の上映はあるでしょう。

映画「なぜ生きる」も「聖典」に追加されたようです。(平成28年8月7日(日)親鸞会館追悼法要より)

によると、今年の親鸞会追悼法要では映画「なぜ生きる」のシナリオブックが度々根拠として引用されたということですから、報恩講でも同様にそれを根拠として話がなされるかも知れません。

さて、新聞では

あひかまへてあひかまへて、この一七箇日報恩講のうちにおいて、信心決定ありて、われひと一同に往生極楽の本意をとげたまふべきものなり。(『御文章』4帖目15通)

のお言葉を出して、蓮如上人は報恩講で弥陀の大悲の願船に乗せていただき(信心決定)、皆ともに出世の本懐を果たしなさいと仰っていると教えています。それはよろしいのですが、法友通信での

・弥陀の本願まことだったと疑い晴れるまで、よくよく聞かせていただきます。
・聴聞の一本道を進ませていただきます。


という会員の皆さんの理解からして、報恩講で高森会長の話をよくよく聞いて信心決定する人は今年も現れないでしょう。親鸞会独特の、会員の皆さんに根強く定着している「光に向かう教え」は、結局「どれだけ光に向かって進もうとしてもいっこうに光に辿り着かない教え」だからです。結局会員の皆さんの本音を叩けば、阿弥陀仏の後押しはあるにせよ阿弥陀仏が助けて下さるところ(どこだ?)まで自力で進んでいくというものですから、絶対他力と言われるべきものではないのです。0はいくら足しても0、私が獲信・往生に関してどれだけ頑張ろうと努めても、それは残念ながら本願の救いとは無関係です。だから「(縦の線を指して)ここまで進め」と言われても進めるわけがないのです。
それに対して、親鸞聖人の教えの特徴はやはり何と言っても「本願力回向」、阿弥陀仏が我々の往生成仏の因も果も全て恵み与えて下さる、私はただその願力におまかせし乗ずるのみだということです。「光」という言葉を敢えて使うなら、親鸞聖人の教えは「光を仰ぐ教え」とでも申しましょうか。既に私一人目がけて喚び掛けられている救いの御名、南無阿弥陀仏、すなわち光を仰ぎ受け容れ、そのまま後生おまかせする。自分で光に向かおうとする親鸞会の教えとは向きが正反対なのです。

それに「光」と言えば聞こえはいいでしょうが、実際やっていることは献金と勧誘、高森会長や上司及び会の指示への無条件服従が主ですから、光どころか「闇に向かう教え」と言って差し支えないでしょう。

以上、本日は簡単ですがこれで終わりとさせて頂きます。
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「光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨」
私が光に向かうのでは無く、阿弥陀仏の光明が私を照らして下さっている事が有難いです。
だからこそ、無量光明土に向かう身ですね。
闇に向かうものをも追いかけて救うお慈悲ですから、遅速はあっても親鸞会の会員さんも気付かれると思います。
南無阿弥陀仏

Re: 名無し様

> 私が光に向かうのでは無く、阿弥陀仏の光明が私を照らして下さっている事が有難いです。


そうですね。光を仰ぎ、光を受けていくということです。

無量光明土を「光」とし、念仏者が「光に向かう」と言うのならいいですが、信心決定するまでの道程を勝手に設けてその道程を進むことを「光に向かう」というのは珍しい教えです。まして進む手段が献金と勧誘、無条件服従なのですからカルト宗教そのものです。

お教え願えますか

「既に私ひとり目がけて喚び掛けられている救いの御名、南無阿弥陀仏、すなわち光を仰ぎ受け容れ、そのまま後生おまかせする」と書かれていますが、
どうすれば光を仰ぎ受け容れ、そのまま後生をおまかせすることができるのでしょうか。
ご多忙中まことに恐れ入りますが、お教えいただけないでしょうか。

Re: ひろちゃん様

南無阿弥陀仏とは南無(我にまかせよ)阿弥陀仏(必ず救う)という阿弥陀仏の勅命です。平たく言えば「助けるぞ」の仰せです。この「助けるぞ」の仰せを、自分の小賢しい詮索や先入観を入れずにそのままお聞きするだけです。「助けるぞ」の仰せを素直に「ハイ」と聞き受けたのです。これが信心です。

真剣に阿弥陀仏に救われたい、後生の問題を解決したいと願っておられる方は、「どうしたら」「どうすれば」と方法論を求めてしまいます。私もそのように悩んでいた時期がありましたので、ひろちゃんさんのお気持ちはよく分かります。ところが、阿弥陀仏に救われるのに、私の側に方法論はないんです。あっても行ずることのできない私なのです。私を浄土に連れて往き、仏に成らせる手筈は既に阿弥陀さまがご用意して下されてありますので、私としては何のためらいもなく南無阿弥陀仏の仰せを仰せのままにお聞きし、お念仏申すのみです。

大丈夫です。私なんぞの言葉は何のあてにもなりませんが、阿弥陀仏が「必ず助ける」と仰せですから、必ず助かります。大丈夫です。

当ブログでは、こうした浄土真宗の信心について、加茂仰順師の本を小分けに乗せているカテゴリがあります。そちらをお読み頂ければと思います。

また、このような信心の悩みは誰しもありますので、何度でもご質問下さい。答えは一緒になってしまうかも知れませんが、「物を言え」と蓮如上人が仰せのように、教義や信仰上の疑問や悩みを包み隠さず打ち明けるのが大事です。どうか本願を信じ念仏を申して頂きたいと思います。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

ありがとうございました。

淳心房 様
とても丁寧なお返事を頂き、ありがとうございました。

「自分の小賢しい詮索や先入観を入れずにそのままお聞きするだけです。「助けるぞ」の仰せを素直に「ハイ」と聞き受けたのです。これが信心です。 」

と教えていただいた通り、素直に「はい」と聞くように努力しました。
最初はそんな簡単なことで良いのかと疑う心がありましたが、ある日 急に心が軽くなり、「仰せの通りでした!」「すべておまかせします!」と目が覚めたように感じられ、念仏が不思議と出てきました。
これが信心なのでしょう。これが救われたことなのですね。

感謝感謝です。
このたびは本当にありがとうございました。
また、淳心房様を疑ってすみませんでした。

Re: ひろちゃん様

それは大変喜ばしいことです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

それまでは「私が」「私が」と力んでいたのが、「阿弥陀仏が」一方的に回向して下さる、私はそれを素直に聞いてお受けするだけ、おまかせするだけであったと向きが180度転換しますね。

これからも共に真宗の安心をよくよく味わい、浄土への旅をいたしましょう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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