「凡聖逆謗=才能の有無、健常者・障害者、人種や職業・貧富の違い」では説明が不十分です(3)

「凡聖逆謗=才能の有無、健常者・障害者、人種や職業・貧富の違い」では説明が不十分です(2)

の続きです。『正信偈』のお言葉

凡聖逆謗斉回入
如衆水入海一味


について親鸞聖人は、『尊号真像銘文』にて

「凡聖逆謗斉回入」といふは、小聖・凡夫・五逆・謗法・無戒・闡提、みな回心して真実信心海に帰入しぬれば、衆水の海に入りてひとつ味はひとなるがごとしとたとへたるなり。これを「如衆水入海一味」といふなり。

【現代語訳】
「凡聖逆謗斉廻入」 というのは、小聖・凡夫・五逆・謗法・無戒・一闡提などのさまざまなものが、自力の心をあらためて真実信心の海に入れば、みな等しく救われることを、どの川の水も海に入ると一つの味になるようなものであるとたとえているのであります。そして、このことを 「如衆水入海一味」 というのであります。


と詳しく教えられていることは既に紹介しました。

余談ですが、親鸞会発行『顕正新聞』平成28年9月1日号の法友通信では、

親鸞聖人は『正信偈』で唯一、例えを出されて「譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇」と明らかにされていることをお聞きしました。

と載っています。それは間違いです。現代語訳を読まれればお分かりのように、「本願を信じ念仏する者は、たとえどのような者であっても平等のさとりを得る」ということを河川の水と海に例えて表されているのが凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味のお言葉です。他にも、どこまでも深く、際限なく広い本願名号の功徳を海に例えられた如来所以興出世 唯説弥陀本願海、自力難行道を陸路を歩いていくことに、他力易行道を水路を船に乗って渡ることに例えられた顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽など、『正信偈』の中でも譬えは多く用いられています。細かな指摘、揚げ足取りだと思う方もあるかも知れませんが、こういう細かな部分を挙げると親鸞会教義の誤りはキリがないということを示す一例だとご理解下さい。


さて、河川の水と海の譬えは『正信偈』のみでなく、『高僧和讃』にも

名号不思議の海水は
 逆謗の屍骸もとどまらず
 衆悪の万川帰しぬれば
 功徳のうしほに一味なり


と読まれています。高森会長は大沼法竜師の味わいをそのままパクり、

「全人類は逆謗の屍だ」

などと妄言を吐いていますが、

逆謗の屍骸もとどまらず

ですから、五逆罪を造り、仏教を謗っている仏道の死骸のような者でもということであって、全人類は逆謗の屍という意味ではありません。勿論、私というものをよくよく見つめた上で、自分はつくづく仏道の死骸のようなものだ、逆謗の死骸だと懺悔することはありましょう。しかし、親鸞会のように一切衆生必堕無間を正当化する根拠として、聞く者の恐怖を煽り、会に縛り付けるような使い方をすることは間違っています。そんな邪教の脅しのようなことは、善知識方の教えからはどこにも見られません。第一、七高僧方からしてどなたも「自分は逆謗の屍だ」と仰ってはいないので、親鸞会が主張している

「獲信したら逆謗の屍と必ず知らされる」

は完全な誤りです。この主張は同時に善知識方を異安心と誹謗しているのと同じことですから、そんな謗法罪を造り続けて慚愧あることのない団体からは一刻も早く抜け出すべきです。そして、親鸞聖人が上の和讃にて

南無阿弥陀仏の名号の海水には逆謗の人も信心の行者となりその屍骸がとどまらない。
万川が海に入れば一味の海水になるように、よろずの悪人も他力の信心をうれば、仏の功徳と一味になる。


と仰っているように、どのような罪悪の深い者でも南無阿弥陀仏の名号によって必ず救われますから、親鸞会教義を真に受けて今でも必堕無間の呪縛に怖れ慄いている方は只今その名号のいわれを聞いて信心決定して下さい。


ところで、南無阿弥陀仏の功徳の広大なることを表す「海」ということについて、聖人は『行文類』にて、

「海」といふは、久遠よりこのかた、凡聖所修の雑修雑善の川水を転じ、逆謗闡提恒沙無明の海水を転じて、本願大悲智慧真実恒沙万徳の大宝海水となる。これを海のごときに喩ふるなり。まことに知んぬ、経に説きて「煩悩の氷解けて功徳の水となる」とのたまへるがごとし。{以上}願海は二乗雑善の中下の屍骸を宿さず。いかにいはんや人天の虚仮邪偽の善業、雑毒雑心の屍骸を宿さんや。

【現代語訳】
「海」 というのは、はかり知れない昔からこれまで、凡夫や聖者の修めたさまざまな自力の善や、五逆・謗法・一闡提などの限りない煩悩の水が転じられて、本願の慈悲と智慧との限りない功徳の海水となることであり、これを海のようであると喩えます。これによってまことに知ることができました。経典に「煩悩の氷が解けて功徳の水となる」と説かれている通りであります。
 本願の海は声聞や縁覚の自力の善の死骸を宿しません。まして神々や人々のよこしまないつわりの善や煩悩の毒のまじった自力の心の死骸などを宿すはずないでしょう。


と教えられています。ここでは「海」という言葉で、どのような煩悩も関係なく、どんな自力の善も残らず、またどんな悪業も残ることなく、これらすべてを転じてさとりの智慧と慈悲ならしめるご本願の功徳を示されていると仰せです。それを経典には「煩悩の氷が解けて功徳の水となる」と説かれているというのです。

このように煩悩を断ぜず、煩悩を転じて南無阿弥陀仏の大功徳にして下さるはたらきを、真宗では不断煩悩得涅槃とか転悪成善、あるいは煩悩即菩提といった言葉で表現しています。ただ親鸞会では煩悩即菩提と言った場合、絶対の幸福なる身となったことを説明する時に用いられます。

・煩悩がそのまま喜びの元になるということです。
『仏教講座.com』絶対の幸福・煩悩即菩提とは?
・私たちを煩わせ悩ませる煩悩がそのまま、喜びのタネとなります。
『浄土真宗の住職、門徒総代、門徒のためのネット講座』浄土真宗で用いられる念珠について

親鸞会であることを隠して勧誘しているこれらのサイトでは、煩悩即菩提をそのように説明しています。また、高森会長はよく、

借金がそのまま貯金となる

などということも言っていました。「なぜ生きる」でも、

・欲や怒りの煩悩を、減らしも無くもしないままで体験できる、驚くべき幸福(p.306)
・煩悩(苦しみ)一杯が功徳(幸せ)一杯となる(p.308)

などと表現しています。そのように聞いたり読んだりして、自分もそういう幸せな身になりたいと活動していた時分を思い出しますが、本来の意味での「転悪成善」「煩悩即菩提」は感情の上での喜びとか幸福といった話とは次元が違うものなのです。それに対して親鸞会は「喜び」「幸福」という言葉で聞く者を釣り、「借金と貯金」の例えなどは『救われたら借金が貯金になるような素晴らしい喜びの世界に出られるのだから借金してでも親鸞会に貢献しなさい』と言わんばかりです。親鸞会で言われるような絶対の幸福なる幻想的な楽を追い求めている人は救われないことをよくよく知るべきです。この『行文類』海釈のお言葉と、「借金と貯金」の例えは

『安心問答』転悪成善の益は、「借金が貯金になる」ようなものですか?(頂いた質問)

にも載っていますので参照して下さい。

またも余談ですが、煩悩即菩提を検索しますと親鸞会並びに日蓮系が数多くヒットします。

『よくわかる仏法用語』(11)「煩悩即菩提」(抜粋転載)

などです。高森会長は創価学会の組織拡大法のみでなく、「絶対の幸福(学会では絶対的幸福という)」、「煩悩即菩提」といったことまでパクったのかも知れません。何にせよ、高森顕徹会長の主張は親鸞聖人の仰せと似ても似つかぬデタラメ創作教義であることは紛れもない事実です。


この功徳の大宝海である南無阿弥陀仏は、どのような者であっても拒みません。親鸞会の教えについていけずに辞めた人も、教義や組織、あるいは高森会長という人物に疑問をもって辞めた人も、勿論救済の対象です。「超選民思想」の会員には理解できないでしょうが、只今、ここにいる、このままの私をそのままお救い下さるのが南無阿弥陀仏のはたらきです。それが救われていないとしたら、私の方で拒んでいるだけです。どうかこの南無阿弥陀仏の勅命を、自分の小賢しい詮索や先入観を入れずに、そのまま聞き受けて念仏して頂きたいと思います。
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Re: 秘密コメント様

創価学会と全く同じではまずいとでも考えて「的」を「の」にしたのでしょうね。

「人生の目的」は元々伊藤康善師の「人生の大目的」をパクったものとして有名です。

http://kauffman0521.blog88.fc2.com/blog-category-9.html
『浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会』「人生の目的」のルーツについて

に載っていますね。会員を騙せれば何でもいいのでしょう。

教えが浄土真宗とは根本的に異なりますので、「浄土真宗」「親鸞」の名を団体名から外すよう強く望みます。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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