阿弥陀さまは私達を救うにあたって私達の罪を咎めはしないものの、進んで罪悪を重ねてよいわけではありません。

12月4日の記事にて、

どんな苦しみ悩み、それまでの喜びがすっ飛んでしまうような災難悪果がやって来ても、どんなに煩悩が吹き荒れても、またその後どんな罪を犯してしまったとしても、それが浄土往生の妨げとはならない

と書きました。すると、読む人の中には誤解するかも知れない人がありますので補足します。

阿弥陀仏の本願は、この上なく重い悪業を抱えていて、自分の中にはさとりを開く手がかりすら持たない煩悩具足の悪人を救って最高のさとりの領域である浄土へ往生させ、仏陀にならせることを規範としています。そして、その救いを善人にも及ぼしてゆくということから、親鸞聖人の教えは悪人正機、善人傍機の教えだと言われます。

では、この本願に救われるにあたって、また救われた後も、煩悩のおもむくまま、どんな罪悪を造ってもいいのかというと決してそうではないことを明記しておかねばなりません。

阿弥陀仏は、その本願において

唯除五逆誹謗正法(ただ、五逆の罪を犯したり、正法を謗るものだけは除かれます)

と仰っています。この部分は「抑止門」といって、阿弥陀仏が私の造る罪を抑止されているというのです。「こういう者は救わない」と言わねばならない程に私の造っている罪は重いということです。第一、本願を建てるにあたって思惟だけで五劫も費やされたというのですから、私の身の程というものをよく知らねばなりません。

ただ、「救わない」と言われる本心は、「そのようなお前だから尚更放ってはおけない。必ず浄土へ迎え取って救ってみせる。そうでなければ決して私は仏にはならない」という底知れない大慈悲心です。

このように、「私の作る罪の大きさを知らせ、心をひるがえさせて、漏らさず救おう」というのがやるせない阿弥陀仏のお心であると、親鸞聖人は『尊号真像銘文』にて

「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。

と仰せになっています。私達は罪悪を重ねなくては生きてはいけないという深い業を抱え、しかもそれを自分ではどうすることもできないという悲しい存在であります。阿弥陀さまは私達を救うにあたってその罪を咎めはしないものの、進んで罪悪を重ねてよいわけではありません。そんなこと、阿弥陀さまは一言も仰っていません。煩悩のおもむくまま、自ら進んで罪悪を造ることは勿論ですが、私利私欲のために多くの人を騙すなんとか会長やその息子のような行為は以ての外です。そんなことでは浄土真宗の名を汚し、周囲の人々を阿弥陀仏とのご縁から遠ざける結果となってしまうでしょう。こうした自損損他の罪は大きいことを自覚し、少しでも日々の言動に注意したいものです。

・・・とは言いながら、言うは易し行うは難しで、偉そうにこんなことを書いている私自身が一番注意しないといけないんですけどね(~_~;) 欲望や怒り腹立ち、嫉みねたむ心は全く変わらず、それが口や体の行いに漏れ出てしまっている情けない身の上です。懺悔、反省。なんまんだぶつ、なんまんだぶつ。



【参照】
『お坊さんのつぶやき部屋』抑止門のすくい
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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