19願の実践は他力への不可欠なプロセスなのか?

縦と横の線のマインドコントロール下では、只今の救いを只今の救いと捉えることは難しい

の記事に、阿弥陀仏から他力の信心を頂いた会員(自力から他力へ)さん(以降、「自力から他力へ」さんと呼びます)、三願転入不要さん方からコメントを頂きました。引用するには長いので、皆様方のコメントは上記事のコメント欄をご覧下さい。

自力から他力へさんは他力の信心を頂かれたようで何よりです。親鸞会に在籍していようといまいと、阿弥陀仏の救いに隔てはありませんからね。

ただ彼は親鸞会流三願転入の教えを支持する立場にあるようですので、当ブログとしては看過できません。そこで彼が仰るような、「19願の実践は他力への不可欠なプロセス」なのかどうか見ていきたいと思います。


まず最初に自力から他力へさんが引かれているのは『唯信鈔文意』のお言葉です。

 「具三心者必生彼国」(観経)といふは、三心を具すればかならずかの国に生るとなり。しかれば善導は、「具此三心 必得往生也 若少一心 即不得生」(礼讃 六五四)とのたまへり。「具此三心」といふは、三つの心を具すべしとなり。「必得往生」といふは、「必」はかならずといふ、「得」はうるといふ、うるといふは往生をうるとなり。

「若少一心」といふは、「若」はもしといふ、ごとしといふ、「少」はかくるといふ、すくなしといふ。一心かけぬれば生れずといふなり。一心かくるといふは信心のかくるなり、信心かくといふは、本願真実の三信心のかくるなり。『観経』の三心をえてのちに、『大経』の三信心をうるを一心をうるとは申すなり。このゆゑに『大経』の三信心をえざるをば一心かくると申すなり。この一心かけぬれば真の報土に生れずといふなり。『観経』の三心は定散二機の心なり、定散二善を回して、『大経』の三信をえんとねがふ方便の深心と至誠心としるべし。真実の三信心をえざれば、「即不得生」といふなり。「即」はすなはちといふ、「不得生」といふは、生るることをえずといふなり。三信かけぬるゆゑにすなはち報土に生れずとなり。雑行雑修して定機・散機の人、他力の信心かけたるゆゑに、多生曠劫をへて他力の一心をえてのちに真実報土に生るべきゆゑに、すなはち生れずといふなり。もし胎生辺地に生れても五百歳をへ、あるいは億千万衆のなかに、ときにまれに一人、真の報土にはすすむとみえたり。三信をえんことをよくよくこころえねがふべきなり。
唯信鈔文意

これは正覚法印が『唯信鈔』にて、『観無量寿経』の

具三心者必生彼国

というお言葉、また善導大師の『往生礼讃』にある

具此三心必得往生也 若少一心即不得生

というお言葉を引かれていまして、これらのお言葉についての解説をされている箇所です。

ちなみに、『飛雲』他力の三信をえんことをよくよくこころえねがふべきなりに、

********************
『観経』の三心をえてのちに、『大経』の三信心をうるを一心をうるとは申すなり。

と表現なされていますが、その結論が

三信かけぬるゆゑにすなはち報土に生れずとなり。雑行雑修して定機・散機の人、他力の信心かけたるゆゑに、多生曠劫をへて他力の一心をえてのちに真実報土に生るべきゆゑに、すなはち生れずといふなり。

と親鸞聖人は化土往生、つまり19願の自力修善を厳しく誡めておられます。

********************

とあります。自力から他力へさんの文章の一部に、これをコピペして前後を変えたような文章がありますね。『飛雲』の上のエントリーには、

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・19願の方便自力信心では化土往生になり、化土往生後に報土往生するというが、それは極めて稀なことであるから、他力信心をえることをよくよく心得て願いなさい、と仰っているのです。最初から最後まで他力信心を目指すのです。

・どこを読んでも19願を実践してから20願、18願へ進みなさいとは仰っていません。

********************

とありまして、『唯信鈔文意』のお言葉を始め列記されているお言葉は自力から他力へさんが仰るような、「三心を具すこと(19願の実践)は他力までの不可欠なプロセス(※三心を具すこと≠19願の実践)」を言われている文章ではありません。


その証拠が、『観無量寿経』下三品の往生です。『観無量寿経』には十種類の機が説かれているのですが、『飛雲』雑毒の善ができる下品下生???が分かりやすいのでそこから引用します。

*******************
『観無量寿経』では、善悪の内容で機を十種に分けられています。

定善の機───定善
上品上生─┐
上品中生  ├─行福
上品下生─┘
中品上生─┐
中品中生─┴─戒福
中品下生───世福
下品上生───無善十悪
下品中生───無善破戒
下品下生───無善五逆


(中略)

定善のできる人が定善の機、行福のできる人が上品上生・上品中生・上品下生、戒福のできる人が中品上生・中品中生、世福のできる人が中品下生、善のできない十悪ばかり造っている人が下品上生、善ができず授けられた戒律を破る人が下品中生、善ができず五逆罪を造った人が下品下生なのです。

*******************

上三品、中三品は散善の機であり、下三品は逆悪の機です。釈尊は中品下生の者までには善を教えていますが、下三品には善の勧めはなく、一貫して念仏を勧められています

親鸞会教義によりますと、我々は逆謗の屍だというのですから、『観無量寿経』で言えば間違いなく下品下生です。では、釈尊は下品下生の者に定善や散善を教えられているでしょうか?

仏、阿難および韋提希に告げたまはく、「下品下生といふは、あるいは衆生ありて不善業たる五逆・十悪を作り、もろもろの不善を具せん。かくのごときの愚人、悪業をもつてのゆゑに悪道に堕し、多劫を経歴して苦を受くること窮まりなかるべし。かくのごときの愚人、命終らんとするときに臨みて、善知識の種々に安慰して、ために妙法を説き、教へて念仏せしむるに遇はん。 この人、苦に逼められて念仏するに遑あらず。善友、告げていはく、〈なんぢもし念ずるあたはずは、まさに無量寿仏〔の名〕を称すべし〉と。かくのごとく心を至して、声をして絶えざらしめて、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せしむ。仏名を称するがゆゑに、念々のなかにおいて八十億劫の生死の罪を除く。
命終るとき金蓮華を見るに、なほ日輪のごとくしてその人の前に住せん。一念のあひだのごとくにすなはち極楽世界に往生することを得。蓮華のなかにして十二大劫を満てて、蓮華まさに開く。観世音・大勢至、大悲の音声をもつて、それがために広く諸法実相・罪を除滅するの法を説く。聞きをはりて歓喜し、時に応じてすなはち菩提の心を発さん。これを下品下生のものと名づく。これを下輩生想と名づけ、第十六の観と名づく」と。
『観無量寿経』下品下生

【現代語訳】
 続いて釈尊は阿難と韋提希に仰せになった。
  「次に下品下生について説こう。もっとも重い五逆や十悪の罪を犯し、その他さまざまな悪い行いをしているものがいる。このような愚かな人は、その悪い行いの報いとして悪い世界に落ち、はかり知れないほどの長い間、限りなく苦しみを受けなければならない。
 この愚かな人がその命を終えようとするとき、善知識にめぐりあい、その人のためにいろいろといたわり慰め、尊い教えを説いて、仏を念じることを教えるのを聞く。しかしその人は臨終の苦しみに責めさいなまれて、教えられた通りに仏を念じることができない。
 そこで善知識はさらに、< もし心に仏を念じることができないのなら、ただ口に無量寿仏のみ名を称えなさい > と勧める。こうしてその人が、心から声を続けて南無阿弥陀仏と十回口に称えると、仏の名を称えたことによって、一声一声称えるたびに八十億劫という長い間の迷いのもとである罪が除かれる。
 そしていよいよその命を終えるとき、金色の蓮の花がまるで太陽のように輝いて、その人の前に現れるのを見、たちまち極楽世界に生れることができるのである。
 その蓮の花に包まれて十二大劫が過ぎると、はじめてその花が開く。そのとき観世音・大勢至の二菩薩は慈しみにあふれた声で、その人のためにひろくすべてのもののまことのすがたと、罪を除き去る教えをお説きになる。その人はこれを聞いて喜び、ただちにさとりを求める心を起すのである。これを下品下生のものと名づける。
 以上のことを下品のものの往生の想といい、第十六の観と名づける」


平生悪の限りを尽くして善というものをかつてしたこともなく、臨終の苦しみに責めさいなまれて教え通りに仏を念じることもできない極悪人が、やっとやっと10回ほど念仏を称えて往生したと説かれています。下品下生の者は19願、また定善、散善といった行は一切せず、念仏一つで往生しているわけですから、自力から他力へさんの主張は仏説に反していることがお分かり頂けると思います。

また、彼が主張している他力までの不可欠なプロセスを通らずして救われることを示している別の証拠が『涅槃経』に説かれる阿闍世の獲信です。親鸞聖人はこれについて『信文類』に事細かに引文なされています。

『飛雲』親鸞聖人が最重要視されたのに高森会長が全く知らない阿闍世の体験1

から7回に分けて紹介されていますので、まだ読まれていない方は上リンク先からどうぞ。

それから、自力から他力へさんが擁護しようとしている高森顕徹会長も不可欠なプロセスとやらを通らずして獲信しているようです。

『元会員から見た浄土真宗親鸞会』善知識 なぜか記した 体験記

に紹介されていますので、こちらも未読の方は上リンク先からどうぞ。


ところで自力から他力へさんは19願の実践は他力までの不可欠なプロセスと断言し、他力の信心を頂いたと仰っているのですから、当然19願、また定善、散善を実践された方と見受けます。であれば、少なくとも下三品の方ではなく、中品下生以上の善人だということになります。となると高森顕徹会長が主張している、全ての人は「逆謗の屍」という説に反していることにもなります。

我々が第十九の行者、定機、散機であれば、十九願の行や定善・散善を実践することもできますが、無善造悪の凡夫という自覚があるならば念仏以外に助かる手立てはありません。以下、『飛雲』悪人正機も理解できない親鸞会より。

********************
善導大師の弟子であった懐感禅師は『釈浄土群疑論』で

『観経』の下品上生、下品中生、下品下生の三処の経文には、みなただ弥陀仏を念じて浄土に往生すと陳ぶ。

と言われました。それを承けられて源信僧都は『往生要集』で

『観経』に「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に往生することを得」と。

と言い換えられました。「極重の悪人」には、念仏以外の方便はないのです。逆に言えば、善人には念仏以外の方便があるということです。「定善の機」には定善、「上品上生」から「中品下生」までは三福が説かれていますので、善人には諸善という方便があるということです。

聖道門の学僧達は、『観無量寿経』を解釈して、善のできない悪人には劣行である念仏が説かれてあるが、釈尊の本意は勝行である諸善を勧められているとしました。親鸞会の発想は、聖道門と同じです。

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私は元会員だから分かるのですが、教義について非難された時の親鸞会会員の思考というのは

・高森先生の仰ることに絶対間違いない
・何とか親鸞会の主張を擁護しよう
・何とか相手の説を破ろう


というものです。しかし親鸞会教義というのは元々矛盾だらけであり、会員はお聖教のほんの一部のお言葉を前後の意味も知らずに知っているだけに過ぎませんので、一つ事を主張すると別の箇所で矛盾が生じ、その矛盾を埋めようとするとまた別の箇所で矛盾が生じてしまうという現象が起きてしまいます。

自力から他力へさんが19願の実践は他力までの不可欠なプロセスの根拠として挙げているものは、既に『飛雲』等で破られているものばかりです。この記事を考えて書いている間に既に「三願転入不要」さんがコメントして下さっています。しかし何という早さ(◎_◎)。とにかく私達は、19願や定散二善といった他の方便はなく、ただ念仏一つ(念仏一つという信心一つ)にて往生が定まります。

それと、19願の実践だとか定善散善などと言いますが、私は高森顕徹会長から具体的な19願の実践方法、また定善十三観や散善三観を教わった記憶がありません。定善十三観は退会後、現代語訳を読んで初めて知りました。在籍中やれと言われたのは、高森会長の話を聞くこと、親鸞会に献金すること、親鸞会に人を誘うこと、善知識の仰せに無条件服従すること、それから世俗の善(親切や親孝行等)をすること、などです。私は10年も在籍していませんでしたが、どなたか何十年と在籍していたという方で具体的な19願の実践方法、また定善十三観や散善三観を教わった記憶があるかどうか教えて頂けたらと思います。

最後に自力から他力へさんへ。親鸞聖人が「他力の信心を獲るために19願を実践せよ、定散二善をせよ」と仰った直接的な根拠をご提示下さい。それさえあれば貴方の主張にも正当性が出ますから。他力までの不可欠なプロセスだというのなら至る箇所に教えられていて全くおかしくありませんし、むしろ教えられていなければならないことです。

今回は長くなりましたのでこれまでと致します。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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