【ツッコミ】自力から他力へさんのコメント2

他力の信心を頂いたという「自力から他力へさん」のコメントを数日前から数多く頂いておりますが、結局は聖教に基づかない、聖教を高森流にしか解釈できない、根拠が高森本という、珍しい法に満ちた内容です。昼間から夜遅くまでお疲れ様ですね。私が日中サイトにアクセスできない環境であるため、お忙しいだろうに、リアルタイムではほとんど三願転入不要さんにお相手して頂いている状態で非常にかたじけないです。また林遊@なんまんだぶ様も様々に教えて下さり、誠にありがとうございます。

親鸞会サイドとしても、こんなものを書くだけ自らの品位を貶めることになることに気づかないところがおめでたいです。当ブログで小競り合いをしている暇があったら、高森会長に

『飛雲』との公開法論に応じましょう! 破邪顕正しましょう!」

と訴えて頂きたいところですが、残念ながら負け戦は目に見えて明らかですからしないでしょうね。

さて、コメント全文はこちらからご覧下さい。既に三願転入不要さんにお答え頂いていることで十分ですが、管理人として私もかいつまんでツッコミを入れていきたいと思います。


自力から他力へさんのコメント
煩悩具足(逆謗の屍)とはっきり知らされていないということは、残念ですが親鸞聖人の信心と異なります。あなたは間違っています。

こう言って出している根拠が高森本ですから、ギャグとしか考えられません。親鸞聖人は、

煩悩具足と信知して
 本願力に乗ずれば
 すなはち穢身すてはてて
 法性常楽証せしむ
(高僧和讃)

と仰っていますが、逆謗の屍と信知してなどとはどこにも仰っていません。当然、七高僧や覚如上人、蓮如上人のお言葉にもありません。残念ですが自力から他力へさんの信心は親鸞聖人や善知識方の信心と異なるようです。

三願転入不要さんのコメントにあるように、

簡単に言うと、善人も煩悩具足、悪人も煩悩具足、逆謗の者も煩悩具足

善人、悪人、逆謗に共通しているのは煩悩具足


ということです。「煩悩具足=逆謗」などという珍説は仏教にはありません。自力から他力へさんなら、

自力で初歓喜地まで悟られた龍樹菩薩や、定善ができたと言われる善導大師も逆謗だ

と邪教徒のようなことも平気で思い、言いそうですね。そのように善知識をおろかに思い、師をそしり、虚偽の善知識に仕えているような者のことを親鸞聖人は

善知識をおろかに思い、師をそしる者をば謗法の者と申すなり。

と仰っていることをよく胸に止めましょう。



自力から他力へさんのコメント
福徳蔵(19願)を顕説して群生海を誘引し、
阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。(教行信証化土巻)

聖道門に行き詰まった人も含めたすべての人を19願へ誘引し、(群生海、あまねく諸有海ですから、偽なるもの、虚なるものだけではないですよ)

「それ濁世の道俗、すみやかに円修至徳の真門に入りて、難思往生を願ふべし。」(教行信証化土巻)
と仰っています。

19願の人々に、折れず曲がらず速やかに20願へ進めよ、ということですから、すべての人が19願を通るように親鸞聖人が勧められています。


相変わらずの断章取義と捻じ曲がった解釈です。群生海、あまねく諸有海とあるから全ての人に関係あるんだという主張ですが、既に三願転入不要さんに論破されているように、

しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。(化身土文類)

【現代語訳】
さて、五濁の世の人々、煩悩に汚れた人々が、九十五種のよこしまな教えを今離れて、仏教のさまざまな法門に入ったといっても、教えにかなった真実のものははなはだ少なく、虚偽のものははなはだ多い。このようなわけで、釈尊は、さまざまな善を修めて浄土に往生する福徳蔵と呼ばれる教えを説いて多くの人々を誘い入れ、阿弥陀仏は、そのもととなる誓願をおこして広く迷いの人々を導いてくださるのである。

ですから、群生海、あまねく諸有海というのは仏教のさまざまな法門(聖道門)に入ったが虚偽の人々を指していることが判ります。あくまで常識的な国語の理解力がある人ならばですが。高森邪義に冒されていると国語を始め様々な理解力が著しく低下してしまうので、高森学徒は何百回読んでも分からないかも知れません。

また、十方衆生、群生海、あまねく諸有海とあるから全ての人に関係があるのなら、釈尊は私達を含めた全ての人に聖道門を説かれたことになります。

『飛雲』「十方衆生」の意味より

十方衆生」というお言葉は、法華経、華厳経、般若経、涅槃経等の聖道門所依の経典にも出てきます。ここから釈尊が、「十方衆生」に向かって聖道門を説かれていることが判ります。「十方衆生」と同義の「一切衆生」に至っては、「十方衆生」よりも多くの経典で出てきます。つまり、親鸞会理論を適用するならば、聖道門は全人類にとって実践しなければならない教え、ということになります。

そして、聖道門は釈尊が説かれた方便の教説です。親鸞会では方便について

我々を真実に近づけ、真実を体得させるに絶対必要なものを言う

と説明して善もどきの善の勧めに躍起になっていますが、それなら聖道門も十方衆生、一切衆生に説かれた方便の教えですからやらなければならないことになります。要は、十方衆生、群生海、あまねく諸有海とあっても、前後の意味などによって私達と関係あることもあれば関係ないこともあるということです。方便というなら、

聖道門は釈迦の説かれた自力仏教(19願から出た教え)であり、方便だが、助からない教えです。
末法の私たちは修する必要がありませんし、後生の一大事を解決できません。


なんかと観念の遊戯をしていないで、実地にやってみたら如何ですか?

ところで、それ濁世の道俗、すみやかに円修至徳の真門に入りて、難思往生を願ふべし。のお言葉については、

********************
問い

親鸞聖人は20願について「それ濁世の道俗、すみやかに円修至徳の真門に入りて、難思往生を願ふべし。」(教行信証化土巻)と仰っています。19願の人々に、折れず曲がらず速やかに20願へ進めよ、ということですから、すべての人が19願を通るように親鸞聖人が勧められているではないですか。

答え

20願を勧められたお言葉が、なぜ19願から始めなければならないという意味になるのですか。三願転入の文でも同じで、「論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る。善本徳本の真門に回入して、ひとへに難思往生の心を発しき。」とは、七高僧方のお勧めによって、19願を出て20願に入った、ということであって、七高僧方が19願を勧められたのではありません。
要するに、七高僧方も親鸞聖人も19願を勧められてはいない、ということです。
********************

の問答が分かりやすいでしょう。


それで、散々求めているところの、

親鸞聖人が「他力の信心を獲るために19願を実践せよ、定散二善をせよ」と仰った直接的な根拠

は今回も出ないままです。コメントばかりするのに、人の話は聞かないのですね。

穢を捨て浄を欣ひ、行に迷ひ信に惑ひ、心昏く識寡く、悪重く障多きもの、ことに如来(釈尊)の発遣を仰ぎ、かならず最勝の直道に帰して、もつぱらこの行に奉へ、ただこの信を崇めよ。 (総序)

【現代語訳】
煩悩に汚れた穢土を厭い、清らかな涅槃の浄土を願いながら、自力のはからいをまじえて本願を疑うから、歩むべき行道に迷い、まことの信心の何たるかを知らずに惑い続け、心は迷妄に閉ざされて暗く、さとらねばならない大切な事柄についてはあまりにも無知であり、しかも身に具えた悪は重く、障りの多いものは、とりわけ浄土往生を勧めたまう釈迦如来の発遣を仰ぎ信じ、最も勝れたさとりへの道である本願に帰依して、如来よりたまわったこの行にひたすら奉え、ひとえにこの信心を崇めなさい。

弥陀大悲の誓願を
 ふかく信ぜんひとはみな
 ねてもさめてもへだてなく
 南無阿弥陀仏をとなふべし

信心のひとにおとらじと
 疑心自力の行者も
 如来大悲の恩をしり
 称名念仏はげむべし
(正像末和讃)

など、18願や本願の念仏を勧められた箇所はいくらでもあります。こんな感じで、本当に19願が我々に必要で、19願の善の実践が獲信する上で不可欠ならば

「修諸功徳の善を修めよ」
「定散二善に励むべし」


などのような文言が沢山あっておかしくないはずです。そうしなければ救われないのならね。

人の心配は結構ですから、早く

親鸞聖人が「他力の信心を獲るために19願を実践せよ、定散二善をせよ」と仰った直接的な根拠

を提示して下さい。提示できない、根拠がないということなら、それは親鸞聖人の教えにない、文底秘沈の珍しき法です。即刻「浄土真宗」「親鸞」の名を団体名から削除しましょう。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード