救われるのは○○してからであって今ではない

「因果の道理」が、仏教の根幹の教えですから、「因果の道理」が分からないと、親鸞聖人の教えは、全く分かりません因果の道理と親鸞聖人の教え

「因果の道理」がどの程度分かったら親鸞聖人の教えが分かるかどうかは不明ですが、親鸞会では

救われるのは「因果の道理」が分かってからであって今ではない

ということが言えます。


「善因善果 悪因悪果 自因自果」の厳然たる因果の道理を知らされた者は、必ず「廃悪修善」の心が起きる。弥陀の19の願意

どの程度「廃悪修善」の心が強く起きたらかは不明ですが、親鸞会では

救われるのは「廃悪修善」の心が起きてからであって今ではない

ということが言えます。


真剣に善をしようと努めると、まことの善のできない姿が知らされる。弥陀の19の願意

つまり「真実の自己」が知らされるということですが、親鸞会では

救われるのは真剣に善に努め、まことの善のできない姿が知らされてから(「真実の自己」が知らされてから)であって今ではない

ということが言えます。


・「後生の一大事」とはどんなことかを知らなければ、仏法は何十年聞いてもわかるものではありません。後生の一大事について(1) 親鸞会.NET仏教講座
・仏教はこの地獄必定の一大事に驚き、この一大事の解決で終るものと教えられています。
・法鏡に映し出された真実の自己を知らされたとき、誰しも脚下に渦巻く必定地獄の一大事に驚かずにおれないでしょう。
後生の一大事について(2) 親鸞会.NET仏教講座
・「後生の一大事」が分からなければ、これを「必ず救う」と誓われている 「弥陀の本願」も分からないし、その弥陀の本願一つを説かれた「仏教」も「浄土真宗」も、何にも分からないのも当然なのです。後生の一大事について(3) 親鸞会.NET仏教講座

何十年聞いて「後生の一大事」「地獄必定の一大事」が分かり、それに驚くのかは不明ですが、親鸞会では

救われるのは真実の自己が知らされ、地獄必定の一大事に驚いてからであって今ではない

ということが言えます。


後生の一大事に驚いてようやく19願の軌道に乗る(縦と横の線の図で言う、黒板の右端に立つ)

出拠元がありませんが、過去の「三願転入」の教学講義などから高森顕徹会長はこのように話していました。いつもは黒板の右端は「仏教の聞き始め」だと言いますが、実際は「因果の道理」が深く分かり、「廃悪修善」の心が強く起き、「真実の自己」が知らされ、「地獄必定の一大事」に驚きが立ってからでなければあの図で言うスタートラインには立てないようです。

救われるのは後生に驚きが立ち19願の軌道に乗ってからであって今ではない

ということが言えます。


・「この十八願に誓われた絶対の幸福、無碍の一道に出るには、十九、二十願の道程を通らなければならないことを発見し、教導なされたのが親鸞聖人です」(『こんなことが知りたい4』p.110)
・「十九・二十の方便二願は、真実、十八願に転入する、十方衆生の道程」(『本願寺なぜ答えぬ』p.155)


色々とツッコまれて三願転入は心の道程などと誤魔化す場合もありますが、親鸞会では

救われるのは19願・20願(特に19願)の実践をしてからであって今ではない

ということが言えます。


真面目に力一杯、善行をやってみて知らされるのは、少しもやまない悪と微塵の善もできない自己の実態に絶望するのです。そんな人に誓われた弥陀のお約束が二十願です。三願転入とは、どんなことか

真面目に力一杯なんて、人によって全く程度が異なりますが、親鸞会では

救われるのは真面目に力一杯、19願の実践をして少しもやまない悪と微塵の善もできない自己の実態が知らされ絶望してからであって今ではない

ということが言えます。


一心不乱に、念仏を称えようと努めるのですが、称え切れない散乱懈怠の心ばかりが見えてきて、こんなことでよいのだろうかと不安な心が出てくるのです。三願転入とは、どんなことか

(親鸞会理論でですが)19願から20願に回入した人が一心不乱に念仏を称えようと努めるが、散乱懈怠の心ばかりで称え切ることができないと不安な心が出てくるとのことです。ですから親鸞会では

救われるのは一心不乱に念仏を努めて称え切れない自分であると知らされてからであって今ではない

ということが言えます。


このように、親鸞会では

救われるのは○○してから

という関門がいくつもいくつも設けられていて、とてもではありませんが只今、ここにいる、このままの自分が救われることはないようです。そして、親鸞会で言われる獲信までの道程を進むには、この先何年も、何十年も生きていられること、その間求道心を保ち続け、継続して十分な活動ができることが前提です。

今日や明日にも死が迫っている人はアウトです。怪我や病気などで身動きすら難しい人もアウトです。普段の生活費や活動費に加え、度重なる募財にも献金できるほど財力がある人でないとアウトです。何年聞いても廃悪修善の心が弱い人もアウトです。勧誘活動に積極的に参加しないような人はアウトです。上司の指示にロボットのように無条件に従える人でなければアウトです。まだまだアウトの条件はあると思います。

で、会員の皆さんは、正直なところ上に挙げた様々な条件をどれだけクリアしているでしょうか? 恐らくですが、進んだ気になってもよくよく自分の心に問いかければ、相変わらず廃悪修善の心が弱く、因果の道理が本当に知らされたとは言えないというのが実態ではないでしょうか? まだまだ先にいくつもの関門が立ちはだかっているのですよ? いつまで生きているつもりですか? いつ助かるつもりですか?

全ての人が救われるたった一本の道」だとか言いながら、注文の多い料理店よろしく、親鸞会では救われるまでには何重もの条件・注文が付いています。また、信心決定、絶対の幸福という素晴らしい御馳走を提供すると見せかけて、会員はそれが獲られると信じ、言う通りに行動し、そしてまんまと組織拡大要員として利用されてしまいます。これでは「全ての人が救われるたった一本の道」ではなく、

高森会長の私利私欲が満たされるたった一本の道

と言い換えた方が適当でしょう。

浄土真宗には、親鸞会で言う「横の線」に該当する教えはありません。本願に救われるのに私達が「○○しなければ救わない」という条件もありません。ただ本願の仰せ、「助けるぞ」を仰せの通りに「ハイ」と頂くだけであります。これだけです。ですから、今日や明日にも死が迫っている人も、生活するだけで手一杯という人も、寝たきりになってしまった人も、廃悪修善の心が無いような人も、顕正活動に消極的な人も、上司の指示には面従腹背の心しかない人も、その他どのような条件の人も、浄土を願い阿弥陀仏に救われたいと思う人なら、只今この場で、何も変わらないままの私が本願に誓われた通りに救われます。

無常を感じ、真剣に阿弥陀仏に救われたいと思う人は、一向に助からない、解決の糸口すらつかめない現状にもっと疑問を持ち、正しいと信じている今の教えは本当に正しいのか、自分の人生を賭けるに値するのか、教えの真偽を検証して頂きたく思います。
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No title

合掌
いつも尊い教えを詳しく解説されてありがとうございます。

終戦当時はみな人の心がおかしくなっておりました。ですから新興宗教がごまんと出たと教えられます。

黒澤明の「楽しき日曜日?」なんかにもそのころの人々の心が投影されていると味わいます。

全文他力の聖人の理解には、こちらから打って出るものは何もないと理解しております。
ですから、気づく、頷く、感動する、あーそ-かと味わう、としかぐらいなものでしょうか?

「御手の真ん中」なんて表現も好きです。

なんまんだぶ なんまんだぶ ありがたい

Re: 小寒様

コメントありがとうございます。

>「楽しき日曜日?」

素晴らしき日曜日
http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=control&process=comment&rno=1843

ですかね。私は残念ながら見たことがありませんが、とにかく悪果、災難等で心身が参っている状態では新興宗教や怪しい物品販売などの格好の餌食になってしまうことは間違いありません。世の中思うようにならないこと、理屈では説明し難いものばかりであり、「それで自分の思うようになるなら・・・」とつい手出ししてしまいがちです。

>こちらから打って出るものは何もない

仰る通りです。向こう様(阿弥陀さま)のお心、お働きを聞き受け容れるのみです。対して私の方からあれこれしなければならないことは何もなく、逆に何かすること、何かしようとすることは自力の計らいとして否定されます。

>「御手の真ん中」

まさにその通りです。なんまんだぶ、なんまんだぶ。

仏のみ手の真ん中です

「み手の真ん中」って佐々真利子さんからかな?
http://ryokeiji.net/howa/re-hikakubyou.html

身体が不自由なので、お聴聞の場でも手に軍手をはめて移動してらっしゃいましたです。
藤原正遠師のお寺で年に一回会うだけでしたが、師を囲んでの座談は楽しかったですね。

なんまんだぶ なんまんだぶ
http://hongwan.net/5870eb3768b10
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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