記事「ブラック的白道」を読んで

『琴の糸』ブラック的白道

と、その記事中に紹介されている

【「死ぬくらいなら辞めれば」ができない理由】

を読みまして、大変共感する部分が多かったのでここに書きます。

一度上の漫画を見て頂ければと思いますが、まさに親鸞会の二河白道は6ページ目みたいな感じです。後生は必堕無間と徹底的に叩き込まれた者にとって、選択肢は大きく二つです。親鸞会で求めて示された道を進み、信心決定を目指すか。求道をあきらめて、時折り思い出される後生の問題に不安を感じ、必堕無間の呪いに縛られながら死ぬまで生きてゆくか。

会員の多くは、他の団体、例えば本願寺は十劫安心・称名正因の異安心に陥り、念仏さえ称えていたら死んだら極楽死んだら仏と教えており、葬式仏教・法事仏教となって衰退の一途を辿り、正しい教えは説かれていないと思い込まされています。また、華光会や退会者の集まりは土蔵秘事やそれに類する者達、求道の敗残者の集まりなどと聞かされています。ですから、親鸞会を辞めるにしても、会から離れて救われる道は見つかるのか、ないのではなかろうかと二の足を踏み、躊躇してしまう人が多いように思います。「ここ(親鸞会)以外に真実はない」と思い込ませ、他への流出を防ぐ親鸞会の予防線は実に巧妙に張られています。


ところで、私は大学3年の時に不調になりました。

・今日はしんどい。聴聞に行きたくないな・・・
・この道進むには障害が多いな。煩悩に逆らうのは辛いな・・・
・親は「親鸞会だって企業なんだから」って言ってくる。いい顔してないよな・・・
・やっぱりこの道進むのは辛いし・・・
・この道を進んでいくしかないのかなぁ・・・
・でも親鸞会以外ではどこで解決の道を求めていいか分からない・・・
・他に正しい親鸞聖人の教えを説いている処はあるのかなぁ?
・親鸞会を辞めて後生の一大事を解決できるところなんて・・・ないよなぁ・・・
・本願寺は葬式仏教、法事仏教で正しい教えを説いていないっていうし・・・
・信心決定を焦るあまり変なものを握ってしまう人もいるみたいだ・・・
・安楽椅子に腰かけて助かったつもりになっても困るな・・・
・やっぱり地道な求道をしていかないと・・・
・でも煩悩が邪魔をして、ちっとも前に進んでいる気がしない・・・
・今生で自分が、縦の線に辿り着くなんてことができるのだろうか?
・ホント弱い心、後ろ向きな心しか無い・・・
・廃悪修善に向かうことのできない自分は、助からないのではなかろうか・・・
・求道心の強い先輩や同輩達はどうかとしても、自分は無理だ。
・「施しは 生きる力の 元と知れ」なんて言われてもな・・・
・こんな凹んだ気持ちで声かけしたってちっとも生きる力になってない。
・むしろ苦しいだけじゃないか。
・てか自分がまだ助かってないのに、人を誘うって変じゃないか?
・自分が「この道は正しかった」と分かってから人にも教えるんじゃないのか?
・一向に助からない。助かる兆しも見えない。辞めたい・・・
・しかし親鸞会を離れても後生の問題はつきまとうよな・・・
・生きていても苦しいばかりだが、かと言って自殺する勇気もない。
・あきらめて苦しみに耐え、死ぬまで生きていくしかないのか・・・?
・苦しみの中を求めて最後解決できずに終わったら、今死んだ方がマシなんじゃないか?
・いや、でもこの問題は解決しなかったら必ず後悔する。
・とにかくこの道を進まないと無間地獄だ。
・この世の成功や治病だって一朝一夕にはいかないじゃないか。
・先輩や同輩、後輩だってあんなに頑張っているのに。
・こんなの甘えだ。
・今日や明日にも無常が迫っているのに休めるわけがない。
・もっと辛い人、努力している人はいくらでもいる。
・次の報恩講で何とか信心決定を・・・
・やっぱり今回もダメだった・・・でもとにかくこの道を進まなきゃ・・・
・ここ以外に真実が説かれている場所はないんだから・・・


その頃から退会直前まで、こんな感じの思い、疑問が縁に触れ折に触れ脳裏をグルグルしていました。高森先生に間違いないという信心、情報統制、必堕無間の呪縛などにより、他の道が見えなくなっていたのです。

この道を進んで信心決定するか、無間地獄に堕ちるか選べ

と迫られているようで、ちっとも幸せではありませんでした。

真実を知る者は幸いなり 真実を求むる者はなお幸いなり

なんて言われても、周りの人はともかく自分はちっともそう思えませんでした。難題を突きつけられ、壁にぶち当たって迷い、肉体的精神的に追い詰められて、ほとほと困り果てていました。


ところが現実には親鸞会教義が正しいとか、親鸞会以外に真実は説かれていないなんていうことはありませんでした。親鸞会という狭い世界から出て、親鸞会の価値観から離れて、広い世界、違う価値観を知ることができました。実際には正しい親鸞聖人の教えを説く方は現在も多くおられ、本願を信じ念仏する方も多くいらっしゃることが分かりました。そして自分自身も、只今、ここにいる、この身このままの私をそのまま救う南無阿弥陀仏の六字のこころを知ることができました。南無阿弥陀仏以外にたよりになるものは何もなく、南無阿弥陀仏をそのまま聞き受ける以外に自分のような者が往生成仏する方法はなかったのです。あのまま狭い、閉ざされた世界にいたら一大事でした。気付くことができて、本当に良かったです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

「白か黒で答えろ」という
難題を突きつけられ
ぶち当たった壁の前で
僕らはまた迷っている 迷ってるけど
白と黒のその間に
無限の色が広がってる
君に似合う色探して やさしい名前をつけたなら
ほら 一番きれいな色
今 君に贈るよ
(Mr.Children『GIFT』)

記事を書いていたらふと上の歌詞が頭をよぎりました。

「進むか堕ちるか選べ」という難題を突きつけられ、進もうにも進めない。戻るに戻れない。君は今、ぶち当たった壁の前で迷っているかも知れない。今の君には、自分の歩もうとする道以外見えなくなっているのかも知れない。ブラック的白道に見えるかもしれないが、実際はそんな事はないんだ。白と黒のその間には、実は無限の道が広がってる。本願を信じ念仏する身となる、往生浄土に通ずる道だってある。阿弥陀仏は、君が往生成仏に必要な手筈は全て整え、それを南無阿弥陀仏と名前をつけられ、今君に贈られてるんだ。永い間、君に渡したくて、その道の向こうからずっと喚んでおられるんだよ。どうかその喚び声を聞いてほしい。

この度はこのように味わいました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。いやぁ、いい歌詞だ。

今もブラック的白道を進もうとしている会員の皆さん、特にかつての仲間たちのことを考えるとやるせない気持ちになります。一刻も早く気づいて頂きたいものです。命は期限があることなので・・・
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード