荷物の山積以上にどうしようもないのが、我々人間の罪悪の山積

朝から、とても捌き切れない荷物の山を見て絶望しながら仕事をしています。遅配を怒られようがクレームをもらおうが、とにかく事故だけは起こすまいと出勤途中に誓っているのですが、現場に出ると仕事に追われて忘れがちになってしまいます。何とか一日無事で終われたらいいと祈る毎日です。

会社も会社で、こんな捌き切れない量の荷物をどうして集荷してくるのか、毎年毎年意味不明です。それで遅れに遅れて大量のクレームをもらう位なら、初めから身の丈に合った物量を引き受ければいいものを、これでは社会の信用を失うだけです。本当に学ばない、ドブラックな会社です。

さて、荷物の山積もいかんともし難いものがありますが、それ以上にどうしようもないのが我々人間の罪悪の山積なのだろうなと思います。例年通りなら年内いっぱいはどうしようもありませんが、年が明けると一気に荷物は減って、そこで集中して片せば山積も元に戻ります。しかし、我々の罪悪の山積は積もる一方です。たまたま一つの善行を成しても、その何十倍何百倍の罪悪を日々造っているのではないでしょうか? 心で何を思い、口で何を言い、体で何をやっているか、それを逐一反省していきますと、事業所の荷物の山積どころではありません。そして罪悪の山積は今生に始まったことではなく、遠い遠い過去からの山積もと考えると、大宇宙に置き場もないというのも決してオーバーな表現ではないと思われます。

この罪悪の山積を相手に、煩悩具足の私がいくら善行を成そうと努力しても、努力している側から悪がこぼれ出てしまう有り様ですからこんなの無理です。貯金しようとしている側から無駄遣いしまくって赤字赤字みたいなもんで、この世でのさとりは勿論、要門の修行に堪えて臨終来迎にあずかることも夢のまた夢です。もはや念仏しか私が救われる道はありません。よくぞ念仏して成仏する法門を成就して下さったものだと、阿弥陀さまには本当に頭が上がりません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。念仏の法に遇えて良かった。ホント良かった。

聖人(親鸞)のつねの仰せには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。されば、それほどの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐候ひしことを、いままた案ずるに、善導の「自身はこれ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしづみ、つねに流転して、出離の縁あることなき身としれ」(散善義)といふ金言に、すこしもたがはせおはしまさず。 さればかたじけなく、わが御身にひきかけて、われらが身の罪悪のふかきほどをもしらず、如来の御恩のたかきことをもしらずして迷へるを、おもひしらせんがためにて候ひけり。まことに如来の御恩といふことをば沙汰なくして、われもひとも、よしあしといふことをのみ申しあへり。

聖人の仰せには、「善悪のふたつ、総じてもつて存知せざるなり。そのゆゑは、如来の御こころに善しとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、善きをしりたるにてもあらめ、如来の悪しとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、悪しさをしりたるにてもあらめど、煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」とこそ仰せは候ひしか。
(『歎異抄』後序)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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